インタビューほか

【特別対談】林真理子×髙見澤俊彦「小説から音が見えてくる」#1

オール讀物2018年8月号より

同じ年に生まれ、同じ街で青春時代を過ごした二人が語りあうあのころの東京、音楽、そして小説のこと。オール讀物8月号に掲載された対談を3回にわけてお送りします。

七〇年代という時代

 髙見澤さんと私は同い年ですが、この本の魅力の一つは、私たちが青春時代を過ごしたころの原宿や六本木がちゃんと描かれているところ。私は残念ながら雅彦のように格好いい青春は送っていないですけど(笑)。私が原宿にいたのは社会にでた後で二十五、六歳だけど、髙見澤さんは十九歳くらいで少し早い。

髙見澤 十代のころはあのあたりに住んでいる友達がいて、お店を教えられたりしていました。周りに背伸びして遊んでいる連中が多かったんです。彼らに引っ張られるようにして連れ回されて。僕自身は率先して遊ぶ方ではなくて、むしろ一人のほうが好きだったんですが。

 雅彦はバンドをやっていますが、当時ロックをやっている子ってお金持ちの家の子だったんじゃないかしら。でなければ、楽器を買ってもらえない。

髙見澤 僕は違いますが、確かに楽器もアンプも必要だし、練習場所もいる。最初のバンドはメンバーに踊りの先生の息子がいたので、その稽古場で練習していました。高校時代は、バンドメンバーの広い家で練習したり、場所には恵まれていましたね。

 ロックをやっている学生は珍しかったでしょう。

髙見澤 それなりにやっている人はいたんですが、フォークの方が圧倒的に人気がありました。

 思い返すと、あのころの私を含めた女の子は圧倒的にユーミンでした。

髙見澤 荒井由実さんの時代。

 だから、とてもロックまでたどりつけなかった。興味もなかった。

髙見澤 ロックは今よりアンダーグラウンドなイメージがあって、かなりマイナーでしたからね。

 私のような地方出身の子はロックを聞く文化がなかったから、『音叉』を読んでいると、都会のオシャレな学校の世界だなって思う。髙見澤さんは高校から明治学院に通われていたんですから。

髙見澤 いやいや全然オシャレじゃないですよ。

音叉髙見澤俊彦

定価:本体1,700円+税発売日:2018年07月13日


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