前作の『空の拳』は、主人公の空也が、そんな幸福な錯覚を感じながら、ボクシングに関わり続ける物語だ。空也は恋も友情も小説のなかでしか知らない、出版社に勤務して三年の、なよなよした男だ。文芸担当になることを長年の目標にしていた彼は、望まぬままボクシング雑誌の編集者となり、今まで全く無縁だったこの競技と深く関わっていく。
彼が特に追いかけたのが、タイガー立花というボクサーだ。ゾンビの格好で入場する彼は、リング上で不遜な態度を取るが、打って変わってそのファイトには色気があり、美しい。ジムでの練習中や祝勝会の場では実直で朴訥なその男に、空也は強く惹かれる。
タイガー立花はいくつかの勝負に勝ち、また負ける。ジムに通いだした空也は最後に、プロテストを受けるまでになる(テストにはあっさり落ちてしまうが)。「幸福な錯覚」を何度も得た空也は、編集者としてもタフになり、人間としても成長していく。
小説の最後、空也は念願だった文芸編集者になる。関わっていたボクシングとは少しずつ離れていき、最後はリング近くではなく、街角のTVで立花の試合を観るという象徴的なシーンを経て、小説は終わる。きれいなエンディングだったが、まだ何も終わっていない、という感じもした。
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