人混みをかき分け、報道官から一枚入手した。薄暗さで細かい文字が読めないため、離れた場所で懐中電灯を照らした。
「これは大変なことが書いてるぞ」
隣から田辺が叫ぶ。土井垣も読んで目を疑った。〈ソビエト連邦は地政学的実体としてその存在を停止する〉と書いてあったのだ。
車に戻り、取るものも取り敢えずホテルを探した。地政学的実体が何を指すのかが判然としないが、存在を停止するという一節に肌が粟立った。
部屋で文書を繰り返し読んでいると、同じホテルに宿を取った田辺が駆けこんできた。
「土井垣、これって信用していいのか」
「書かれてるんだから信じるしかないだろ」
「だけどこんなの国際法では認められんだろ」
田辺はスラブ三共和国だけで国家であるソ連は潰せないと、国際法の定義と解釈について話し始めた。
「法律的には田辺の言う通りかもしれんが、俺はその道の専門家じゃない。書くなら毎朝で書いてくれ。俺は落として構わない」
「そうだな。国際法まで考えてない可能性もあるな。細かいことにこだわってる場合じゃないかもしれん。俺もこのまま送る」
「ああ、これはどえらいことになったぞ」
回線がパンクしたベルリンの壁崩壊時の教訓を生かし、この日は一旦通じた日本への国際電話を、繋ぎっぱなしにしておいた。
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