独立の気運が高まる現状を見ようとウクライナに出かけた土井垣は、そのままモスクワに戻るつもりでいたが、ウクライナでの取材が予定よりずいぶん早く終わったため、様子でも見てくるかと寄ることにしたのだった。ベロヴェーシ会談は、スラブ三国の首脳が顔を揃えるとはいえ、ゴルバチョフ大統領は参加せず、命を受けたエリツィンが、ウクライナ、ベラルーシに新連邦条約締結の趣旨説明をするのが狙いだ。
公用別荘の前で待つ報道陣もわずかで、あたり全体がのんびりしていた。
「おお、土井垣も来たのか」
毎朝の田辺とNHKの荒井の顔が見えた。
「二人とも仕事熱心だな。俺はこんな会談は放っておくつもりだったよ」
「それで正解なんじゃないか。日本の特派員は土井垣を入れて四人目だ」
「警備の警官から『決まるのは夜だ』と言われましたし、アメリカの記者も観光に行きましたよ」
「それなら俺たちもそうするか。そういや、前回のベラルーシもこの三人だったな」
「土井垣さんが田辺さんに、俺に負けたくないから罠にかけたって喧嘩を吹っかけたんですよね。田辺さんもおまえなんて眼中にないわとその喧嘩を買って、あわや警察を呼ばれそうになって」
「荒井くん、そういう恥ずかしい記憶は忘れてくれ。顔から火が出そうだ」土井垣が嘆願すると、田辺も「これだからテレビは困るよ。俺たち新聞記者は、紙と一緒に翌日には忘れるんだ」と言う。荒井は「テープに撮って、一生保存しときますからね」と軽口を返してきた。
三人で周辺を巡り、そろそろ声明が出ている頃だろうと夕方に別荘に戻る。夕暮れの別荘前では欧米の記者がざわめきたっていた。報道官が文書を配っている。
「なにがあったんですかね?」
「俺たちももらっとこう」
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