別冊文藝春秋

『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

文: 葉真中 顕

電子版22号

「別冊文藝春秋 電子版22号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 アニメ制作会社『スタジオ・アッシュ』に就職した犬塚ヒカル(ワンコ)は、憧れのアニメ監督伊藤七瀬の新作の制作チームに加わった。超多忙のため恋人のユウキとなかなか会えないことだけが不満だったが、充実した日々を送っていた。そんな折、同期の小金沢が職場放棄。ワンコは後処理に忙殺されていく。一方ヒカルの恋人の芹沢は、最近ヒカルの様子がおかしいと思い始める。芹沢は思い切ってヒカルに働き方を改めるように言うが、かえって二人の溝が修復不可能なところまで来ていることが明らかとなり、ヒカルに振られてしまう……。


16

〈ひたすら眠い。眠くて仕方ないのに眠れない〉

〈またミスった。死ぬほど怒られた。何やってんだろ〉

〈負けるな、自分〉

〈役立たず? 足手まとい? そんなこと言われなくても、わかってますよ〉

〈最近、何を食べても味を感じない。今なら嫌いなセロリも無限に食べられるかもw〉

〈どうしてこんなつらい目にあわなきゃならないの?〉

〈自分で決めた道だろ。弱音なんか吐くな〉

〈負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。それが一番大事。昔の人はいいことを言うね〉

〈昨日から自分の存在価値についてずっと考えていた。結論:そんなものない〉

 そのユーザーは、二日に一度くらいのスローペースで、ツイートしていた。仕事や個人を特定できる情報はつぶやかれていないから、これだけではどこの誰かはわからないだろう。ユーザー名は“KM_Pisces0309”。プロフィールは空欄、写真もアップされていない。フォロー数もフォロワー数もゼロ。抽象的な気持ちや気分だけを、誰もいないネットの海に吐き出しているだけのようだ。

〈死にたい〉というツイートを目にしてギクリとするが、直後に自分自身で〈なんて自分で言ってるやつは死なないよね〉とツッコミが入れてあり、少し胸をなで下ろす。

別冊文藝春秋からうまれた本



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別冊文藝春秋 電子版22号文藝春秋・編

発売日:2018年10月20日