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『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版22号

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版22号

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版22号」(文藝春秋 編)

 クリスマスイブの夜。カップルや家族連れで賑わう電車の中。僕はドア横のスペースにもたれて、ずっとそのツイートを眺めていた。

 このアカウントの主は、たぶん、いや間違いなくヒカルだと思う。

 ヒカルと別れてふた月くらいしたころだろうか。僕は衝動的にネットでヒカルの名前を検索してしまった。もう元には戻らない、終わったことだとわかっているのに。未練……なのだろうか。

 案の定特に有名人でもないヒカルの情報は何もヒットしなかった。そこで止めておけばよかったのに、僕は名前の次に、ヒカルのメールアドレスのアカウント(@の前の文字列)でも検索をした。何かネット上のサービスを使っていた場合、これでヒットすることもあるらしい。ヒカルはメールアドレスをいくつか持っているので、僕の知っている限り全部のアカウントで検索をした。

 すると、このツイッターユーザーが引っ掛かったのだ。“KM_Pisces0309”は、ヒカルがまだ学生だったころに使っていたメールのアカウントだ。

 このユーザーがツイッターを始めたのは、僕とヒカルが別れた翌月だった。最初のツイートは〈先月、彼氏と別れた〉だった。

 偶然の一致、とは思えない。

 その後、ときどき投稿されたツイートからは、仕事のことでかなり追い込まれているだろうことが窺えた。

 ネガティブなツイートにも、ポジティブなツイートにも、等しく悲痛さが滲んでいる。

 小林さんに言われたことが頭を過った。

 ――でも、それじゃヒカルちゃん、例のやばそうな会社で働き続けるんだよね。それでいいのかな。

 ヒカルと別れた直後、いろいろアドバイスしてもらったこともあるので、小林さんと飲みにいって、ヒカルと別れた顛末を報告した。彼女は驚きつつも、そう言ったのだ。

 僕は、小林さんに釈然としない苛立ちを覚えた。だから言った。

 ――正直、仕事のことをごちゃごちゃ言うべきじゃなかったよ。

 たぶんに小林さんを責めるような口調で。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版22号
文藝春秋・編

発売日:2018年10月20日

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  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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