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『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

葉真中 顕

電子版22号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

「別冊文藝春秋 電子版22号」(文藝春秋 編)

 ――何それ。私が余計な入れ知恵したのが悪いってわけ。

 小林さんはむっとした様子で僕を睨みつけてきた。

 ――別に、そういうわけじゃないけど。

 と、視線を逸らした僕は、内心では、そういうわけだと思っていた。

 もちろん、僕らが別れた最大の原因は、ヒカルの気持ちが僕から離れていたことだ。遅かれ早かれ同じ結果になっていたのだと思う。根本的に小林さんに責任があるわけじゃない。でも、別れを切り出されたのは、働き方を見直さないかと話をしているときだった。小林さんの「入れ知恵」が招いた結果と言えなくもない。

 ――私は、ヒカルちゃんが、私の旦那みたいになったら嫌だと思ったから。

 それは、僕だってよくわかっている。でも、すっきり納得できるわけでもない。

 微妙な雰囲気になり、その日はすぐに解散となった。以来、小林さんとは飲みにいっていない。会社でも事務的なやりとりをするだけだ。

 少し前の関係に戻っただけかもしれないが、僕は恋人だけでなく、貴重な友人まで失ってしまったのかもしれない。

 ともあれ、この“KM_Pisces0309”のツイートを見ていると、やはり心配になってくる。具体的なことが書かれていなくても、心身ともに疲れているのは伝わってくる。

 例の島田という人とヒカルがどうなったのかはわからない。彼はヒカルの支えにはなっていないのだろうか。

“KM_Pisces0309”がヒカルだとしたら、これまでまったくやっていなかったツイッターを突然始めたのは何故か。一種のSOSを送っているんじゃないのか。誰もフォローせず、フォローもされず、ただ言葉を吐き出しているだけであっても。苦しんでいること、つらいことを、誰かに気づいて欲しいのではないか。

 そんな想像を勝手にしてメッセージを送ろうかと思い、いつも踏みとどまる。

 こんなふうに検索をしてツイッターアカウントを発見し、コンタクトをとるのはいかにもストーカー的だ。もしメッセージを送って〈気持ち悪い〉とか〈関わらないで〉とか、拒絶の言葉が返ってきたら、僕は二度と立ち直れなくなるかもしれない。

 電車は目的地の新宿にたどり着いた。

 電車を降り、階段を上がり、南口の改札を出ると、四角い柱のところに関口がいた。

 関口はぼくを認めると、「よ、メリークリスマス」と手を上げた。

「メリークリスマス」

 結局僕は、二年連続でクリスマスイブの夜を、この男と過ごすことになった。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版22号
文藝春秋・編

発売日:2018年10月20日

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