私が彼に興味を持ったのには、もう一つ理由がある。私たちは生年月日が同じだったのだ。「平成」という普遍的でありながらユニークな名前の彼と違って、私は1989年に最も多くの女の子に名付けられた「愛」というファーストネームを持つ。今となっては、父のこの平凡さこそがヒットメーカーたる所以なのだろうと思えるが、ずっとこのありふれた名前が好きになれなかった。
私は、上海の友人から教えてもらったテクニックを使って、彼と仲良くなろうとした。人は月に一度会う関係を何年繰り返していても親密にはなれない。重要なのは短期間のうちに何度会ったかだというのだ。だから彼を何度も食事に誘った。初めから一対一で食事をしても気詰まりなので、複数人の会食や人狼には何度も呼んだ。忙しいと言われ何度も断られたが、それ以上の回数を誘い続けた。結果、私たちの距離は一気に縮まり、一緒に住むようになってから2年近くが経つ。
平成くんといることは、とても居心地が良かった。私が不眠で苦しんでいる時には「寝ないでポケモンGOができて羨(うらや)ましい」と本気で言っていたし、仕事が思うように評価されなかった時は「バカに褒められても嬉しくないでしょ」と笑ってくれた。あり得ないことだが、仮に私が人を殺してしまったとしても「それほどの理由があったんだね」と肩を叩いてくれると思う。いつでも彼は常識や慣習から自由だった。だから彼と話していると、勝手に思い詰めていた自分がばからしくなり、いつだって楽な気持ちになることができた。
同居に合意してくれたことからもわかるように、彼も私に好意は抱いていると思う。しかし、彼は私のことを恋人と呼びたがらない。恋人か友人か、愛情か友情かといった二項対立には興味がないのだという。誰に対しても優しく振る舞うというルールを自身に課しているから、誰かを特別扱いしたくないらしい。
実際、彼は直接に利害関係のある相手はもちろん、あらゆる人に親切に接していた。本心なのか照れ隠しなのかはわからないが、彼はその優しさを「計算だよ」と言い張っている。私も半ばあきらめに近い形で、彼のポリシーを受け入れている。
急に空腹を覚えた。時計を見ると19時を回っている。今日は二人とも早めに帰宅し、それぞれが家で仕事をしていた。彼の夜はほとんど会食で埋まっているので、この時間に私たちが家に揃うことはとても珍しい。もしかしたら、死ぬことについての相談を私にしたかったのかも知れない。いや、正確に言えば、相談というよりも、報告だろう。彼は、あまり悩まない。何事も自分の決めたルールを公式にして、まるで連立方程式を解くように日々、行動している。
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