- 2019.01.15
- 書評
79歳の母が72歳の父を殺した? “ありえない!”家族の不条理小説
文:池上冬樹 (評論家)
『ママがやった』(井上荒野 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
この見事さは、いまどき珍しい文通を扱った『綴られる愛人』にもいえる。
富山に住む二十一歳の大学生森航大と、編集者である夫に支配されている東京住まいの三十五歳の作家天谷柚は、文通コミュニティ「綴り人の会」を通じて手紙を交わし始める。航大は人生に何の展望も見出せない三流大学生だが、貿易会社に勤める三十五歳のエリートサラリーマン「クモオ」として、柚は夫からの暴力をたえしのぶ二十八歳の専業主婦「凜子」として手紙をしたためる。手紙だけの関係のはずだったが、次第に言葉が熱をおび、隠れていた欲望がうごめき、二人のあいだで一線を踏み越える犯罪計画の提案がなされるようになる。
物語的には、第一部から第二部へと移ってからの展開が抜群である。テンポがあがり、サスペンスが高まり、いったいどうなるのかと読者ははらはらすることになる。犯罪が決行されるけれど、そしてそれが完全犯罪としての形をなすなら本格ミステリになるけれど、作者はむしろ男と女の心情をあらわにする心理サスペンスを選択して深層意識を探る。“事実とは違うことを書いたが、でもそれ以上に真実を書いた”“この世界には嘘と事実と、それらとはまるでべつ次元の「真実」がある”という言葉が出てくるが、まさにぎりぎりの局面で、それぞれが真実をまのあたりにすることになる。愛と罪の関係をスリリングにみせて、まことに読ませる出色の小説である。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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