- 2019.01.15
- 書評
79歳の母が72歳の父を殺した? “ありえない!”家族の不条理小説
文:池上冬樹 (評論家)
『ママがやった』(井上荒野 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
結婚詐欺をテーマにした群像小説『結婚』、巧緻な犯罪喜劇の本書、愛と罪の関係を描く心理サスペンス『綴られる愛人』と、近年の井上荒野はミステリに接近した作品を発表しているが、昨年上梓された『その話は今日はやめておきましょう』は、サスペンスにも、愛憎劇にも、なりそうでならない小説である。それでいて何とも不思議な味わいと余韻をもつからたまらない。
おだやかな老後を送っている夫婦が、夫の交通事故を契機に、自転車屋で知り合った青年一樹を家事手伝いとして雇うようになり、日常生活に罅が入る物語である。というと、(小説よりも映画のほうが顕著なので映画作品をあげるが)往年の映画ファンなら、ピエル・パオロ・パゾリーニの『テオレマ』や森田芳光の『家族ゲーム』などを思い出すだろう。家庭の中に入り込んできた他者によって平穏な日常が崩壊していくパターンの物語で、そういう作品はほかにも少なからずある。作品によっては、人物たちが深層意識に直面し、抑えきれぬ衝動によって悲劇へと突き進んでいくのだけれど、小説巧者の井上荒野はあえてそのパターンを踏襲しない。夫婦の視点のほかに一樹の視点も採用してドラマを盛り立てつつも、パゾリーニや井上光晴のように解かれない謎を残して象徴的な方向へと進むことはなく、あくまでも揺れ動く夫婦の心理に重きをおき、老いのとば口で、人を信用する弱さと心の脆さに焦点をあてる。老いていく自分とは一体何者なのかを、やさしく厳しく問いかけるのである。一方、一樹の視点では、実りなく繰り返される野放図な若さとは何なのかを読者に突きつける。老いも若きも、虚ろさを抱えて生きていることを繊細に描ききり、作品には透明な抒情が滲む。
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