- 2019.01.15
- 書評
79歳の母が72歳の父を殺した? “ありえない!”家族の不条理小説
文:池上冬樹 (評論家)
『ママがやった』(井上荒野 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そして、『ママがやった』の話になる。時期的には『結婚』と『綴られる愛人』の間に入る、広義の純文学ミステリといえるだろう。
まず、誰もが第一章「ママがやった」の冒頭からノックアウトされるのではないか。七十九歳の母親が七十二歳の父親を殺したという連絡を受けて、息子が、母親が経営する居酒屋に駆けつける場面からぞくぞくするだろう。おいおいどうなってるんだと人物たちの台詞に驚き、そんなのありえないだろうと人物たちの行動に呆れながら、息をつめて読むことになる。とても殺人事件がおきた家族とは思えないほど、通報するのか、それとも隠蔽するのかをゆっくり語り合うのだが、これが実にクールで笑える。
そう、家族に冷たくされるほど、父親は、半世紀も駄目な父親だった。仕事もせず次々に女を作ってばかりいた。それでも母親はゆったりと受け流して、娘二人と息子に囲まれて生きてきた。それなのにいったい何があったのか。そもそもこの家族は何なのかを、視点人物をかえて物語っていくのである。
第一章「ママがやった」のあと、妊娠中絶をめぐる男たちとの葛藤(「五、六回」)、不埒な夫のだらしない彷徨(「ミック・ジャガーごっこ」)、娘の結婚と失踪の顛末(「コネティカットの分譲霊園」)、不純異性交遊の教え子と女教師の対立と接点(「恥」)、中学生同士のねじれた恋愛(「はやくうちに帰りたい」)、計算された隠し事の発覚(「自転車」)など過去と現在を往復して、家族の絆と愛憎を見せ、緊迫感みなぎる最終章(「縦覧謝絶」)へと引っ張っていき、日常の陥穽へと引きずり込むのである。
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