軽いタッチで描かれているため、平安もののライトノベルかファンタジー小説と思われがちだが、『王朝懶夢譚』はそんな単純なものではない。田辺先生もこれをファンタジーとして書いたつもりはなかったのではないか。そう思えるほど、本書には古典への愛とロマンが満ちあふれていて、玉手箱のようだ。
乳母を籠絡してまんまと姫君を手に入れた常陸(ひたち)の多気(たけ)の大夫(たいふ)の事件や、舎人(とねり)にさらわれて武蔵の国の竹芝で暮らした姫君の奇譚など、身分違いの男女の話は今昔物語や宇治拾遺物語といった説話集に収められている。たぶん田辺先生はそこからメインになるストーリーをひとつ決め、さらにいくつもの小さなエピソードを取り入れて、『王朝懶夢譚』という先生だけの世界を織り上げたのだと思う。
これらの説話集は本書の時代設定よりのちの時代に成立したものだが、そこには数百年のあいだ巷で語り継がれた風説や噂がたくさん収められている。作家や漫画家にとってはまさにアイデアの宝庫だ。「ねぇ、私こんな話を聞いたんだけど」「まぁ、怖い」。都に出没する調伏丸、袴垂といった大悪党の噂話や、盗賊に誘拐されて最後は犬に食われてしまう不運の姫君の話が、女房たちの会話のなかにさりげなくちりばめられている。読む人が読めば、その元ネタがどこにあるのかピンとくるはずだ。それを面白がれる人には『王朝懶夢譚』はたまらなく魅力的だ。
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