本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
古典と史実をふまえて描かれる、高貴な都の姫君と東国の若者の恋物語

古典と史実をふまえて描かれる、高貴な都の姫君と東国の若者の恋物語

文:木原敏江 (漫画家)

『王朝懶夢譚(らんむたん)』(田辺聖子 著)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #小説

『王朝懶夢譚』(田辺聖子 著)

 でも、『王朝懶夢譚』なら古典はハードルが高いと敬遠してきた人も、最後まで楽しく一気に読み通せると思う。調度品も装束も、食べ物も田辺先生はまるで見てきたように、いきいきと描写する。私なら数十行を費やしても伝えきれないことを、サラリと数行で書いてしまう。それでいて、ひとつひとつの場面が色つきで浮かび上がってくる。カタカナ言葉や流行語を取り入れても、土台は揺るがない。王朝気分にあふれ、安っぽくならない。匂いの表現など、誰が真似できるだろうか。

「この香は荷葉だわ。お召物が丁字染めだから、沈香や白檀より丁字の成分がやや勝って、男らしい、ピリッとした香りになっているわ」

 衣に焚き染めたお香の匂いが、行間から立ちのぼるようだ。

 

 流行りなのだろうが、最近の若い世代の会話を耳にするたびに、語彙の少なさにがっかりする。せっかく何かに感動しても、「メチャメチャなんとか」とか「まじ、ヤバイ」のふたつですべてに対応してしまう。そんな借り物の言葉を使って、もったいないなぁと思う。もっと素敵な表現がいっぱいあるのに。

 日本は言霊の国だ。漫画なら「サー」と擬音をつけて降らせる静かな雨を「蕭々(しょうしょう)と降る雨」といい、ザァザァと降る雨は「沛然と降る」という。字面もいいが、声に出すと響きも素晴らしい。古典を読むとあらためて日本語の美しさに気づく。表現の多様性と、ひとつの言葉に込められた意味の深さに心を打たれる。

『王朝懶夢譚』は王朝世界や平安文学の入門書としてぴったりだと思う。同時に隠れた歴史ロマンであり堂々たる古典ロマンだ。本書をきっかけにして、少しでも多くの人が古典に親しんでくれたらと願う。二十歳でも、四十歳でも、いくつからでもいい。果てしなく広がる古典の豊かな海へ、舟をこぎ出してほしい。

 

〈インタビューより構成〉

王朝懶夢譚
田辺聖子

定価:770円(税込)発売日:2019年02月08日

ページの先頭へ戻る