でも、本書でいちばん好きな人といえば、私はやっぱり晴季君だ。いくら相手が美人でも、会ったその日に「俺の一生をおまえにやる!」といえる男がいるだろうか。それどころか、狐にだまされたと気づいたあとも、「狐だっていい、ふるさとに連れて帰りたい」という、怖いくらいに純粋ないい男なのだ。紫々の亡骸を抱きしめ、狐は高値で売れるからと集まってきた周囲の人の言葉に耳も貸さず、鳥辺野に深く埋めてあげるところも晴季の優しさが伝わってくる。
私には、鬼の物語に鎌倉幕府と後鳥羽天皇をからませた『風恋記』をはじめ、「東国と都」を舞台にした作品がけっこう多い。都だけだと、生まれも育ちも東京の私には荷が重いという自覚があるし、なによりも京都に暮らしたことがない者には、関東とは文化が違う、あの独特の雰囲気を表現するのはむずかしいのだ。
都から見ると東国ははるか遠い鄙の地だ。和歌でも東国の地名がひとつ入っていると、視界が開け、青い山々やさわさわ揺れる葦原が見えてくるような気がする。胸のなかを緑の風がサーッと吹き渡る。都の澱んだ風ではなく、よけいなしがらみのない自由な風だ。もし私が晴季を絵にするなら、本作中にある田辺先生の形容どおり、目は吊り気味にして、きりっと眉目秀麗で、いかにも東国らしい……、つまりは光源氏と対極にある若者を描くだろう。少々がさつでも、感情のままストレートに動く東国の人々が私にはおもしろい。
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