![古典と史実をふまえて描かれる、高貴な都の姫君と東国の若者の恋物語](https://b-bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1500wm/img_5cad17389578e4a7c082b8ac59fbcf0e983074.jpg)
華やかな王朝絵巻だけが平安時代ではない。盗賊が横行して都の夜は男でも歩けない。邸は立派でも、一歩外に出れば真っ黒な闇が広がる。その奥に物の怪たちがうごめき、人とあやかしの距離はもっと近く、もしかすると月冴のように彼らの姿が見える人がいたのかもしれない。本能のすりへった現代人とは違って「くちちちち」と可愛く笑う小天狗の声が聞こえたかもしれない。平安にはそんな空想をさせる魔力がある。
漫画家になりたてのころ、海音寺潮五郎の『王朝』という短編集を読んだことがある。これも今昔物語などの説話集を下敷きにしているのだが、エピソードの組み合わせ方や、アレンジによってオリジナルの話とは別の作品になっていた。同じような元ネタを使っていても、芥川龍之介の『鼻』や『羅生門』とも世界観がまったく違う。そのとき気づいたのだ。物語の根っこは同じでも、発想はいくらでも広げていい。色をつけ、葉を茂らせ、どんな形にして見せるのか、その匙加減は作り手の特権なのだ、と。当時は時代物の作品はなかなか描かせてもらえなかったが、これなら私にもできるかもしれないと能と南朝をテーマにした作品を思い切って描いた。するとわかってくれる人はちゃんといて、漫画家としてやっていく大きな励みになった。
古典が苦手という人が多いのは、退屈な授業のせいもあるだろう。学校というのはおもしろいことをなぜ、あんなにつまらなく教えるのかなあ。
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