波乱万丈のすえに月冴と晴季は結ばれて、晴れやかな空の下、常陸の国の真壁へと旅立っていく。賀茂川に目をやれば仲良しの妖怪たちがズラリ。この姫君なら新しい土地にすぐに順応して幸せに暮らすに違いない。万一、夫に先立たれても、家じゅうをバリバリ差配して一目置かれるはず。困ったことがあったら、都から小天狗の外道丸が助けに飛んできてくれるだろう。
美しい挿絵とともに古今の説話を取り上げた田辺先生の『うたかた絵双紙』は私の大切な愛読書のひとつだ。そのなかに六の宮の姫君のお話がある。両親と死別した姫は受領の息子と結婚したものの、頼みの夫は、夫の父親の赴任先である陸奥国に下ることになり、都に取り残される。ひたすら帰りを待つうちに乞食同然に落ちぶれて亡くなってしまう。その極貧ぶりがすさまじい。荒れ果てた庭に一般庶民が入り込み、焚き付けを拾ったり、勝手に小屋を建てて住みついてしまう。運命に流されるだけの姫と乳母の無能ぶりが腹立たしくやるせなく、また、高貴な姫君がこうも簡単に零落してしまう時代そのものが私にはおそろしい。
平安時代の魅力はこのなんでもありの「底知れなさ」にあると思う。人生は短く、身分の差は激しく、着るものも住む場所も気が遠くなるような落差があった。その違いは決定的なようでいて、ひとつ歯車が狂えば高貴な身分もあっけなく崩れ、尾羽打ち枯らせば羅生門で死体になる。本書で語られる、難病治療のために男児の胎児の肝を薬にしたというおぞましい噂も、実際にあったのではなかろうか。田辺先生は平安の闇のいちばん濃いところにも目を向けて、すくいあげている。だから物語にその時代の雰囲気が、リアリティが生まれるのだ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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