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六代 豊竹呂太夫×大島真寿美〈文楽〉というワンダーランド#前編

六代 豊竹呂太夫×大島真寿美〈文楽〉というワンダーランド#前編

「オール讀物」編集部

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』刊行記念

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美 著)

二面性を求める門左衛門

大島 昨年十一月、呂太夫師匠の『女殺油地獄』を拝見したんですが、もう素晴らしかったです。

呂太夫 ありがとうございます。新春公演では『冥途の飛脚』、二月公演では『大経師昔暦』と、近松門左衛門が三回連続で続いていますが、どれもネーミングがええでしょう。

大島 タイトルってつけるのが難しいんですけど、『女殺油地獄』『冥途の飛脚』は本当にキャッチーでうまい。

呂太夫 門左衛門の作品のええところは、人間に二面性があるところ。たとえば『女殺油地獄』の与兵衛は、みんながグータラ息子というけれど、それはそうでもないんじゃないか、と……。

大島 最期の最期で謎の良心が芽生えますよね。

呂太夫 盗人にも三分の理というか、「(義理の!)親父がいとしい」っていう与兵衛の言葉があるでしょう。

大島 散々苦労をかけた義理の父親に対して、なんでここでいきなり良心が!? それは本物の良心なのか!? って思いますけれど(笑)。

呂太夫 いや、あそこを僕はほんまの良心として語っています。おそらく与兵衛はあの場面で、義理の父親に対して本気でそう思っているし、それが近松の描く人間の二面性なんです。『冥途の飛脚』でも忠兵衛がお客から預かった小判の封印を切ってしまう場面で、その原因を作る八右衛門という人物がいます。歌舞伎では完全な悪役ですけど、文楽では決して悪者ではない。最後に友人として「お前、その三百両の封印を切ってしまったらどないなるのや。おいおい、やめとけ、やめとけ」と諭しているんです。

大島 歌舞伎では忠兵衛に対して詐欺を働く敵役ですけど、本来はそうではないわけですか。

呂太夫 実は、僕は八右衛門みたいなワルはいないと確信していますよ。事実、八右衛門は五十両の封印を切った時点で、忠兵衛の獄門送りを公表しています。まだ忠兵衛が三百両の封印を切る前に、ですよ! で、最初の稽古の間、八右衛門をすべて極ワル口調で語ってみました。しかしね、そうすると芝居にならないんです。近松の文章を読んで、(四代竹本)越路太夫師匠からの口伝というか、諭すような口調で語ると、その後、身請けを待つ遊女の梅川のセリフにもすべて説得力がでてくる。やはり自分の解釈だけじゃ駄目で、門左衛門はこの八右衛門にも、やっぱり二面性を持たせとったな、と語っているうちに分かってきました。

大島 なるほど、奥が深いんですね。

>>後編へ続く


豊竹呂太夫
一九四七年大阪府生まれ。六七年入門、豊竹英太夫を名乗る。二〇一七年六代豊竹呂太夫襲名、第四十七回JXTG音楽賞邦楽部門受賞。

大島真寿美
一九六二年生まれ。「春の手品師」で文學界新人賞。『ピエタ』が本屋大賞第三位。二〇一四年『あなたの本当の人生は』が直木賞候補。著書多数。

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単行本
妹背山婦女庭訓 魂結び
大島真寿美

定価:2,035円(税込)発売日:2019年03月11日

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