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【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

古市 憲寿

平成最後の日と令和最初の日の2回にわけて『平成くん、さようなら』の冒頭をお届けします。


ジャンル : #小説

『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著)

 忘れられない画期として記憶されているのは、2002年に一人の女子高校生が起こした凄惨な事件である。ここからは、本を読まなくても、私でも覚えている。当時、関東テレビ系列の「若者の主張」というバラエティ番組が好評を博していた。NHKで放送されていた「青年の主張」のパロディなのだが、中高生たちが学校の屋上で思い思いの主張や告白をするコーナーが番組の名物だった。中学生だった私も、吹奏楽部の練習が早く終わった日は欠かさずに見ていたと思う。

 その日は改編期に伴うスペシャル番組のため、収録ではなく生放送で、栃木県の公立高校と中継がつながっていた。一人目の男子高校生がクラスメイトへの告白を失敗させた後、その女子高生は屋上に立ち、スポットライトを浴びた。リハーサルでは、彼女は闘病中の母親に対する想いを読み上げ、スタッフの中には涙を流す人もいたらしい。本番でも、彼女は初め母親に対するメッセージを語った。

 しかしそれはすぐに父親に対する呪詛(じゅそ)の言葉に変わる。

 母親が3年前に入院してからというもの、彼女は幾度となく父親に襲われ、セックスを強要されたのだという。学校に相談したものの、教師たちは誰も真剣に取り合おうとしなかった。一人で自殺することを考えていた時に、自分の高校で「若者の主張」の公開生放送が行われることを知った。そこで、せっかくだからこの社会にメッセージを残してから死のうと決めたという。彼女は、家庭内の問題だからといって大人が踏み込まないのはおかしいということ、レイプ被害に対してこの国が甘すぎること、そして自分のような心の傷を抱えた人間に対しては、若くても安楽死の道を開いて欲しいと言い残し、屋上の手すりを越えた。

 そしてそのまま、身を投げた。

 当然のことながら、番組には批判の声が殺到した。彼女の主張は約2分に渡ったのだから、どこかでスタッフが止めるタイミングはなかったのかというのだ。しかし、この番組をリアルタイムで観ていた私にはわかる。死を覚悟した彼女の気迫に、誰も動き出すことなんてできなかったのだ。番組を観ていた私たち家族も、食事の手を止めて、無言で画面に見入っていた。

 しかし事件はここで終わらなかった。幸か不幸か、彼女は死ななかったのだ。脊髄(せきずい)を損傷し、全身不随になったが、一命を取り留めたのである。母親と同じ病院に運ばれた彼女は、2週間後に意識を回復してから、番組と同じ主張を繰り返した。特に彼女が訴えたのは、安楽死が認められる範囲を広げて欲しいということだった。『新潮45』という雑誌に発表した手記では、理知的な文章で、彼女の赤裸々な想いが綴られていた。彼女は「完全に自業自得」だとしながらも、自身が極めて辛い状況にあることを訴える。手足はほとんど動かず、顔にも麻痺が残り、右目はほとんど見えない。

単行本
平成くん、さようなら
古市憲寿

定価:1,540円(税込)発売日:2018年11月09日

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