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【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

【冒頭立ち読み】『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著) #2

古市 憲寿

平成最後の日と令和最初の日の2回にわけて『平成くん、さようなら』の冒頭をお届けします。


ジャンル : #小説

『平成くん、さようなら』(古市憲寿 著)

 珍しくミライが自分から私のもとへ寄ってきた。フードボウルにキャットフードは残っていたが、モンプチのまぐろスティックを差し出す。初めはおいしそうに舐めていたものの、途中で食べるのをやめてしまう。あんなに食いしん坊だった彼も、最近ではめっきり食が細くなってしまった。ミライを抱き上げて、ソファに座る。ぎゅっと抱きしめると、か細い声で鳴いてくれた。定期検診はまだ先だが、近いうちにかかりつけの動物病院へ連れて行こう。

 ミライを膝に載せたままテレビをつけると、ちょうど平成くんが出演しているところだった。買ったばかりの有機ELの77型ブラビアに大きく映し出された彼は、ランバンのジャケットとシャツを着て、神妙そうな顔つきでコメントをしている。オウム真理教の裁判が、23年を経てようやく結審したというニュースだ。

「裁判が終わったということで、教団幹部への死刑執行が現実味を帯びてきました。改元前の執行が濃厚だと言われていますが、21世紀にもなって刑罰と元号を結びつける意味がわかりません。そもそも死刑制度って、死を権利ではなく、刑罰として考える点で、あまりにも時代遅れですよね」

 小倉さんは納得のいかないという顔をして、平成くんの話を聞いていた。

 TSUTAYA六本木で買ってきた安楽死についての本を広げる。この国では何年も前から安楽死が合法化されたことくらいは知っていたが、知識はそこ止まりだ。身近に安楽死を選択した人はいないし、友人同士で話題に挙がることもない。本当は平成くんに説明させるのが一番なのだろうが、それでは私に余計な感情が交じってしまいそうだと思った。

 本によれば、1970年代の世界的な安楽死運動と共に、日本でも安楽死の合法化を求める動きが活発になったのだという。当時、重病の配偶者から「死にたい」と懇願され、愛ゆえに手に掛けてしまう嘱託殺人事件が全国で起こっていたのだ。有吉佐和子の小説『恍惚(こうこつ)の人』が注目を浴びたのもこの頃である。そのような中で「日本安楽死を考える会」が発足し、重病患者に対する積極的安楽死の合法化を目指した。しかし、「患者や家族の闘病の気力を奪う」「優生思想につながりかねない」という批判が相次ぎ、安楽死運動は頓挫する。

単行本
平成くん、さようなら
古市憲寿

定価:1,540円(税込)発売日:2018年11月09日

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