八木澤 それを考えるためには、そもそもどうしてこのような変革をしなければいけなくなったかということを考える必要があると思うんです。たとえば新井紀子さんの『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(二〇一八年)という本があります。このなかで中高生を対象にいくつか実用的な文章に関する試験をしている。その結果が唖然とするものだったから世間が騒いだ、という背景がありますね。
伊藤 遡るといわゆるPISA(学習到達度調査)ショックというのもあります。二〇一五年に行われたこの、OECD加盟国を中心に行われる共通テストで、日本の子どもたちの実用文読解力を見る記述式問題の正答率がとても低かったわけです。このままじゃまずいだろう、ということで、その対策として文部科学省が手を入れ始めたわけですね。
八木澤 そうです。僕が今回、お二方と立ち位置が違うと思うのはやっぱり私学であるということですね。異動がありませんから特定の偏差値以上の生徒しか教えないという前提がある。そうすると、現場感覚としては試験に対して、これから何か対策を取らなければっていう危機感はほとんどないんです。それは前任校の芝高等学校でも一緒でした。近年、外部模試でも新しい傾向の問題がどんどん出てくるんですが、普通は準備が遅くて対応できなかったとなるところが、そうはならない。傾向が変わって対策をしていない問題が出ても生徒が解けるために、むしろ偏差値が高く出てしまうんです。学習の習熟度というよりは、その生徒が持っている常識を問われているのと同じですから。じゃあ、この問題で不利になるのは誰かって言ったら、新井紀子さんの本で、AIに代替されてしまうかもしれないと表現されているような子どもたちですよね。
樋口 僕も問題を見たときに、別に対策しなくてもいいだろうなって思ってしまうんですよね。今、自分が教えている生徒たちは読めてしまうだろう、という確信があるので。記述式も同じです。プレテストで公開されたような記述問題で記述力が判別できるかっていうと、甚だ疑わしい。確かに高校生の記述力に問題があって、色々と工夫して改革しているのは理解できるんですが、そんなに効果的なものができていないんじゃないのかなと思います。
この続きは、「文學界」9月号に全文掲載されています。
伊藤氏貴(いとう・うじたか)
文芸評論家・明治大学文学部准教授。68年生まれ。著書に『美の日本―「もののあはれ」から「かわいい」まで』など。
樋口智則(ひぐち・とものり)
91年生まれ。千葉県立検見川高等学校教諭(現在、東京都立日比谷高等学校勤務)。
八木澤宗弘(やぎさわ・むねひろ)
87年生まれ。私立麻布中学校高等学校教諭。
田畑千博(たばた・ちひろ)
80年生まれ。都立日比谷高等学校主任教諭。
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