テレビの通販番組だけではなく、トークショーやラジオやライブには放送作家の作った筋や仕込みがある。当然、ある程度の寄り道やブレは既定路線のうちで、いまは、着地点がないブレブレな内容そのものが仕込み、という番組も少なくない。それでも、ルーが東京に出てきた昭和四十四年はまだ、仕込みよりは仕掛けやドッキリを楽しむようなテレビ番組がほとんどだった。
生番組ならやって来た。仕掛けやドッキリを、体を張って毎日。大阪で、人を楽しませる仕事を七年も。
京橋一、大阪でも三本の指に入る大型キャバレーの老舗が、ルーのルーツである。その大きな箱でルーはナンバーツーを五年務めた。押しも押されもせぬ伝説のナンバーワンだった真珠(しんじゅ)を例外とすれば、ルーほど稼ぐキャバレーホステスはあのころ大阪には居なかっただろう。
万博に活気づく大阪に背を向けるようにして、ルーはそのグランドシャトーを辞めた。休みなく働いて貯めた金で、十代で離散した家族のために家を買うつもりだったが、逆に家族から絶縁されその必要もなくなった。ルーが死に物狂いで大阪の夜の海でもがいているうちに、弟たちは成功し、日の当たる場所で幸せを掴んでいた。そして、再婚した母には新たに三人の子供がいた。母の婚家は裕福で、地元の名士であり、キャバレーのホステスをしている身内がいてはならなかったのだ。
ルーはふたたび捨てられた。大金だけが手元に残った。
金があることは誰にも言わなかった。もちろん、グランドシャトーの支配人だった大路などは、給料を出していた身だから、ルーがどれくらい貯め込んでいたか想像は付いていただろう。ある夜、客が途切れた合間に、事務所の部屋に大路を訪ねた。「辞める」、短くそれだけ言うと、大路は蝉の声でも聞いたような顔をしてうんと短く頷いた。「で、いつまで出られるの?」。これからどうするのとは、一度も訊かなかった。
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