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<阿部和重 ロング・インタビュー> アメリカ・天皇・日本 聞き手=佐々木敦 #1

<阿部和重 ロング・インタビュー> アメリカ・天皇・日本 聞き手=佐々木敦 #1

文學界10月号 特集 阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ

出典 : #文學界

――なるほど、かなりはっきりとアナロジーになっているのですね。いまおっしゃったように、『Orga(ni)sm』の特異なポイントのひとつは、主人公が「阿部和重」である点です。この「阿部和重」はかなりの部分、たとえば生まれた年や出身地などが、いま僕の目の前にいる阿部和重さん本人と瓜二つです。でも、違うところも結構ある。

『シンセミア』の最後にも「阿部和重」が出てきますよね。あれは登場人物の金森年生(かなもりとしお)がなりすましているという設定だったけれども。『シンセミア』では小説家の阿部和重が田宮彩香(さやか)にメールを送ってきたりもするので、第一部ですでに阿部和重という人は、神町サーガの中に何人か存在するんですよね。その時に気になるのは、『シンセミア』に出てくる最後まで姿を現さない、あるいは金森が成り代わる「阿部和重」と、『Orga(ni)sm』の「阿部和重」は同じ人物なんですか。

 阿部 『シンセミア』の中だけでも、「阿部和重」の名で出てくる人物にはいくつかのズレがあります。田宮彩香にメールを送る阿部和重、ラストに金森が成り代わっている阿部和重、あるいは作中で『インディヴィジュアル・プロジェクション』を書いた作者として存在する阿部和重。それらが同一人物かどうかは、特定できない書き方になっています。

――みんなただ阿部和重と名乗っているだけですもんね。

 阿部 同じ名前を名乗っているだけで、ほんとうに三人いるのか、あるいは二人なのか、あるいは実は全部一人の仕業だったのか決定できず、名前だけが流通している状態にしたかった。それは『シンセミア』以前に書いた『インディヴィジュアル・プロジェクション』で扱った「みんなわたし」問題、「私」が分裂している状態というテーマを引き受けています。

 おなじ考え方を三部作全体に当てはめることもできる。『シンセミア』『ピストルズ』『Orga(ni)sm』の三つの物語はぜんぶ時系列的につながるように作ってある。では本当に三つの世界が隙間なくしっかりつながっているかといったら、そうはいい切れない。

――本当に時空が連続しているとは限らないですね。

 阿部 さらに突っ込んでいうと、僕はこの神町トリロジーで、三部作というもののイメージや成り立ちを更新したいという考えがあったんです。いわゆる三部作というのは、時系列が接続している三つの物語というとらえ方が一般的だと思うんですけれども。

――そうですね。若者↓↑父親↓↑祖父みたいに、時系列順に物語が進む。

 阿部 そういうふうに、物語を直線的につなげて巨大な大河小説の世界を組みたてるのが一般的ですよね。いわゆるサーガです。最初のころ、「神町サーガ」といっていたのが、ある時から「三部作/トリロジー」といい方を変えたのは、三部作形式を更新するという狙いを前面に出したかったからなんです。

 果たして三部作は、物語世界が直線的に接続された大河小説型の見せ方しかないのだろうか。いや、そんなことはないんじゃないか。第三部『Orga(ni)sm』は、それを明確に示せるよう最終的に組み立てました。

 しかしこういうことをあまり具体的にお話ししてしまうのはどうなんでしょうね。僕はインタビューだと語りすぎてしまうところがあって(笑)。

――それ、いつもインタビューでおっしゃってますよね(笑)。

 阿部 でも、相手が佐々木さんなのでしゃべってしまいますが、たとえば『シンセミア』を読んだあとで『Orga(ni)sm』を読むと、二つの話が合わせ鏡のようにできていることに気づかれると思います。形式的に、いろんな対応軸が用意してある。『シンセミア』の警官・中山正は今作のCIA職員ラリー・タイテルバウムと同じような役割を担っているとか。あるいは円環として物語をとらえると、『シンセミア』冒頭に出てきたピストルが、『Orga(ni)sm』では物語を締めくくるかたちで登場するとか。

――確かに、完全にそうなっていますね!

 阿部 細かく見ていくと、いろんな対応があるように組み立ててあります。さらにその間に第二部『ピストルズ』がある。あれは一つの長い歴史、時間を物語として描くことが狙いだった。『ピストルズ』をコアとして中間に置くことによって、二つの空間を扱う物語が合わせ鏡のように立ち上がり、立体的なひとつの作品空間をかたちづくる。そういう三部作のあり方を作ってみたかったし、それは少なくとも文学としては発表されたことがないんじゃないかという予感がありました。単に時系列的な三部作を書くのは誰もがやりうることであり、自分がそれをやっても面白くないだろうと。新しい三部作のかたちとして、物語としてつながっていて通常の三部作としても読めるけれども、見方を変えてテマティックな読み方をするといろんなかたちの照合がみつかるというような……読者の頭の中で、球体のように作品空間ができあがるイメージの三部作にしたかったんです。

――だからタイトルが『Orga(ni)sm』なんですね。有機体としての作品空間、三部作であると。

 阿部 そのとおりです。もう一つの意味もありますが。『シンセミア』は「種なし大麻」という意味で、種なしは男根とつながる一つの比喩。次の『ピストルズ』は「Pistils=雌しべ」ですから、女性器を連想させる。下世話で申し訳ないんですけれども、最後が『Orga(ni)sm』で、その二つの性器同士が合体して絶頂を迎えるという、NHKなどではとうてい紹介してもらえなそうな意味も込めたんですけれども(笑)。

阿部和重のユニバース

――作品を並べた時に、時間軸とは違うかたちで三つの作品を立体的に並べられるというのはすごく面白いと思います。ということは、『シンセミア』のころから、それに対応するかたちで第三作『Orga(ni)sm』の主人公が「阿部和重」になることは決まっていたんでしょうか。

 阿部 いや、そこまでは決まっていませんでした。

――今回なぜ、「阿部和重」が語り手になったのでしょうか?

 阿部 いろいろな理由があります。まず、さきほどの『シンセミア』と本作の対応関係。この三部作は現実の僕自身のプロフィールと重なるところがたくさんある物語になっています。山形県の神町という僕の生まれ故郷が物語の舞台になっていることとか。

――阿部さん自身のプロフィールと切り離せない要素がいっぱいありますよね。

 阿部 『シンセミア』冒頭、占領下に米軍基地で働いていた田宮の先々代のおじいさんの話は、僕自身の祖父の体験から来ています。さらにそこからパン屋を始めるわけですね。実際に僕の実家が神町でパン屋を営んでいるんですけれども。そういう類似点、自分自身の経歴がそのまま物語中に取り入れられているところが多くある。パン屋が第一部で出ているのであれば、『Orga(ni)sm』には現在の自分自身がそのまま出てくるのがごく自然な対応関係だなと。

 あと、『Orga(ni)sm』がCIAの話になることがかなり早い段階で確定していた事情もあります。神町は出てきますけれども、第三部はCIAが暗躍する神町で、もはや『シンセミア』で描かれた神町は影もかたちもない、全く架空の舞台空間になっているので。

――『Orga(ni)sm』の驚くべき設定のもうひとつはその点で、今作の神町はあるいきさつを経て、日本の首都になっているんですよね。

 阿部 そんな架空の新首都・神町でアメリカ人のCIAケースオフィサーが陰謀と戦うストーリーは、これをいわゆる純文学として読んでいる人たちにとって荒唐無稽すぎ、「いったい何を読まされてるんだろう?」ということになるのではないかと、構想段階から危惧していました。物語のリアリティーはどこから生み出せばいいのか。もちろんさまざまな現実の出来事、先ほどのオバマの件のように、実際の報道記事をたくさん引用していますから、それも一つのリアリティーを担保する装置にはなるはずです。しかしそのような情報を小出しにしても、読者が自身の身近な世界と物語世界が接続していると思えるきっかけがないと、なかなか苦しいぞと。

――何かしら留め金みたいなものを設定しないといけない。

 阿部 そういう事情で「阿部和重」を語り手にしたわけです。それがだれかは少なくとも読者は知っているので、留め金にはなる。あるいはまた、そうすることで同時に、日本文学の伝統的な「私小説問題」も視野に入ってくる。

――作家自身が「私」として作中に登場する、自分が主人公の小説ですね。

 阿部 ええ。自分の主観から世界を語っていく形式が、多くは批判的に議論されてきたわけですけれども。そういう私小説の問題をも引き受けて、今作で更新できる部分があるのではないかと。

 同時にそれは、メタフィクションの問題につながります。僕は『アメリカの夜』というメタフィクション的な小説でデビューしているわけですが、『Orga(ni)sm』では、三部作形式の更新という狙いと組み合わせることにより、従来とは違ったメタフィクションのあり方を提示できるのではないかという目論見もありました。そういった事情から視点人物を「阿部和重」にした。さらにいうとこの一人の視点しかいらないだろうと考えたんです。

――たしかにすべて「阿部和重」視点で書かれていますね。語りの時点はいくつかに分かれているけれど、ある種の一人称小説になっている。

「阿部和重」が主人公であることとともに驚くのは、神町首都移転です。アメリカの大統領が神町に来ることを実現させるためには、この手しかなかったともいえる。

 阿部 それしか方法がありませんでした。やっぱり神町の物語にするというのがこの企画の根幹にある。そして『シンセミア』から始まったこの三部作で語られているのは日米関係なので。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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