- 2019.10.08
- インタビュー・対談
『Orga(ni)sm』キーワードをめぐるよもやま話 #2
サイモン辻本(辻本力) ,ガーファンクル(編集部)
文學界10月号 <阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>
出典 : #文學界
スパイ映画と洗脳
S そろそろ映画の話もしたいんだけど、何はさておきスパイ映画。イーサン・ハント、ジェイソン・ボーン、ジャック・ライアン……いろんなシークレット・エージェントが出てくる。
G ジャック・ライアン懐かしいな。原作者トム・クランシーの小説も流行ったよね。小説内に出てくる映画『今そこにある危機』は、ハリソン・フォードがCIA情報アナリストのライアン役を演じてた。
S スパイ映画を代表する「007」シリーズへの言及もあるけど、思ったより少ないのは、やっぱり「アメリカ」がテーマとしてあるからなのか。
G たぶんそうなんじゃないかな。近年の大作・大ヒット作が多いけど、そういうのに混じってアルフレッド・ヒッチコックの『汚名』とかも。
S FBIエージェントがナチの残党を追いかける話ね。マイナーなところでは、スパイものじゃないけど『黄金のランデブー』なんて映画も出てきた。これは未見。
G 船に時限式の核爆弾が仕掛けられる話っぽいね。Wikiによればアメリカでは劇場公開されず、後年編集の異なる『Nuclear Terror』版がテレビ放送されたらしい。
S まさに核の脅威だ。アマゾン見たけどDVDもプレミア付いてるね。高! とまあ、いろいろあるけど、まずは『ミッション:インポッシブル』かな。トム・クルーズ扮する極秘諜報部隊IMF(=Impossible Mission Force。不可能作戦部隊)所属の凄腕スパイ、イーサン・ハントが活躍する人気シリーズ。
G 阿部さんはトムクル好きを公言してるからね。登場回数もダントツ。
S あと、『ボーン・アイデンティティー』から始まる「ボーン」シリーズもけっこう出てくる。マット・デイモン演じる記憶を失くしたCIAエージェント、ジェイソン・ボーンが、追われながら「自分は誰か」を探っていく話。
G ボーンは、CIAの洗脳プログラムによって暗殺者に仕立て上げられたって過去があって。
S 「洗脳」や「記憶」って『Orga(ni)sm』的にも重要なテーマだから、チョイスされるのはよく分かる。主人公・阿部和重が、自分の巻き込まれている状況を表現する時に、ついついこういうド派手なスパイ映画ばかり連想してしまうというのが面白い。
G それによって、日常とのギャップが伝わってくるというのもあるしね。あと洗脳なら、六二年のアメリカ映画『影なき狙撃者』も重要かも。兵士を洗脳して、無意識下で暗殺者に仕立てるって話。
S 人をコントロールするという意味で、アヤメメソッドを連想させるね。
G 五〇~六〇年代に、CIAが密かに実施してた洗脳実験「MKウルトラ計画」っていうのが実際にあって、被験者にLSD与えて操り人形状態にしてたとか。そういう現実が背景にある映画。
S マインド・コントロールを特殊能力の一つとして見た場合、その路線でブライアン・デ・パルマのサイキック・ホラー『フューリー』も出てくるね。カーク・ダグラスがアメリカの諜報員役で、その息子が超能力の持ち主で、それを利用しようとするスパイ組織に誘拐されちゃう。
G そうそう、『フューリー』といえばあの人体大爆発シーンが執拗で最高(笑)。その手の映画としてはデヴィッド・クローネンバーグの『スキャナーズ』が有名だけど、それに先駆けてだから、さすが! デ・パルマって、『Orga(ni)sm』においてかなり大きな存在なのかも。「ミッション:インポッシブル」シリーズの第一作目も監督デ・パルマだし。
S あのシリーズにおいては、一作目だけ異色な感じがするもんね。二作目以降は派手なアクションがメインになっていって、「トムがスタントなしで演じました!」みたいなのがウリの映画になったけど。見比べるとデ・パルマ版はいい意味で地味というか、味わい深い。
G メジャーな大作なのに、どことなく漂うB級感がすごくよかった。
S あと、デ・パルマ版『ミッション:インポッシブル』が重要なのは、組織内での裏切りが描かれていたこと。こいつ仲間だと思ってたのに敵方だった! みたいに物語が二転三転するのは小説も同様だからね。
G 敵対関係が、「A vs. B」みたいにシンプルじゃなくて、複雑に絡み合って一筋縄じゃいかないところも共通してる。
スター・ウォーズ=アメリカ?
S もうちょっとリアリズム寄りの作品だと、『シリアナ』が出てくる。中東の架空の国「シリアナ」を舞台にした石油の利権をめぐる諜報戦を描いた作品。『Orga(ni)sm』では、ジョージ・クルーニーが格好いいCIA諜報員みたいなイメージで語られてたけど、おそらくこの作品におけるイメージだろうね。ヒゲ面で渋い。
G ラリーは自分のことをジョージ・クルーニーに似てると思ってるんだよね。
S でも、実際にはアメリカのTVドラマ『ザ・ホワイトハウス』に出てくるユダヤ系の政府関係者、トビー・ジーグラーの方に似てるといわれちゃう(笑)。
G あとは『トリプルX』のヴィン・ディーゼルとか。要するに髪がないってことね。ジョージ・クルーニーとトム・クルーズがイケメンスパイ枠だとすると、そこにもう一人入ってきそうなのがクライヴ・オーウェンかな。小説にオーウェン似のキャラが出てきて、その名前が「アーサー」。で、彼を「キング・アーサー」とか呼んだりするんだけど、それはオーウェンが『キング・アーサー』って映画でアーサー王を演じているから。
S 思い出した! クライヴ・オーウェンは『ボーン・アイデンティティー』に、主人公ボーンを追うCIA工作員役で出てた!
G 繋がっていくなぁ。ともかく『シリアナ』は、ジョージ・クルーニーの行動と、小説内のラリーの行動がオーバーラップする瞬間もあるんで、小説を読む前に観ておくとより楽しめるんじゃないかな。
S それから、ジョージ・クルーニー絡みでもう一作あった。ジョン・ロンスンのノンフィクション『実録・アメリカ超能力部隊』を原作にした映画『ヤギと男と男と壁と』。アメリカにかつて実在した秘密超能力部隊「新地球軍」創設と後年の話。こんな凄まじくバカバカしい話が実話とは! って絶句するよね。本作が重要なのは、この新地球軍という超能力部隊のベースに六〇年代のヒッピー思想みたいなのがあって、その特殊能力の原動力が、いわばラブ&ピースとドラッグなこと。
G 「愛の力」で相手をコントロールするアヤメメソッドとの大きな類似がある、と。
S そうだ、この映画で、超能力部隊のボスが自分たちのことを「ジェダイの騎士」、特殊能力のことを「フォース」っていってて、いかにアメリカ人にとって『スター・ウォーズ』という存在がデカイのかをあらためて思い知らされた。誤解を恐れずにいえば、『スター・ウォーズ』って、アメリカそのものなんじゃないかな。
G アメリカの象徴。その感じって『Orga(ni)sm』にも強烈にあるよね。ゆえに、登場頻度も群を抜いて高い。
S ある意味、『スター・ウォーズ』が基礎教養の世界っていうか。
G トリロジーってものを考える時に、まっさきに思い浮かぶのも『スター・ウォーズ』だしね。小説の結末に関わってくるからあまりいえないけど、終盤ライトセーバーまで出てきちゃうし。
S 考えてみればフォースもある種の特殊能力だからね。当然、アヤメメソッドともイメージ的に繋がってくる。そうそう、厳密にいうとフォースは誰しもが持っているものだけど、その程度が人によって大きく違うわけ。で、アヤメメソッドも簡易版というか、お手軽学習コースが存在するんじゃ? って話が出てくる。そのへんも似てるよね。
G 訓練すれば、その能力をちょっとは使うことができる。でも、ジェダイになるには過酷な修行を経ないといけないわけで、それもアヤメメソッドと同じ。あと、ジェダイもけっこう血統主義なところがあるよね。誰々の息子だから、娘だからって話になる。その資格が誰にでもあるわけじゃなくて、血筋が大事っていう。それも一子相伝であるアヤメメソッドと共通するなって。