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占領、偽史、ユダヤ──『Orga(ni)sm』読解の糸口として【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

占領、偽史、ユダヤ──『Orga(ni)sm』読解の糸口として【作品論】<阿部和重『Orga(ni)sm』を体験せよ>

文:大和田俊之

文學界10月号

出典 : #文學界

『オーガ(ニ)ズム』(阿部和重 著)

 ここで鍵となるのが、ラリー・タイテルバウムとの再会を求めて「阿部和重」がバーバンクへと向かう小説のラストシーンである。小説『Orga(ni)sm』の最後はサイモン&ガーファンクルの「アメリカ」などいくつかの詩の引用で締めくくられるが、より注目すべきは「バーバンク」という固有名である。カリフォルニア州ロサンゼルス郡バーバンクは1920年代以来、コロンビアやNBCなど映画産業の中心であり続け、現在もワーナー・ブラザース、ウォルト・ディズニー・カンパニーなど多くの娯楽関連企業が本社や撮影所を置く「世界のメディアの首都」である。

 ポピュラー音楽の分野で「バーバンク・サウンド」といえば、ワーナー・レコードのレニー・ワロンカー社長のもと、1960年代から70年代にかけてヴァン・ダイク・パークスやランディー・ニューマンなどが手がけた甘美で幻想的な楽曲群を指すが、かつて音楽評論家の小倉エージはバーバンク・サウンドの鍵は「ユダヤ人コミュニティ」にあると看破した。空想と現実が奇妙に入り混じり、美しい旋律の背後にアメリカーナ特有の狂気とグロテスクを孕んだ音楽、それこそがハリウッド映画=ユダヤ系の音楽だというのだ。

 バーバンク・サウンドの中核をなすランディー・ニューマンがハリウッド映画のサウンドトラックを多数手がけたニューマン・ファミリー出身であることを思えば、この断言もあながち的外れには聞こえないだろう。ランディーの伯父アルフレッド・ニューマンは『わが谷は緑なりき』(1941)や『七年目の浮気』(1955)などの音楽を担当し、アカデミー賞を9度受賞(ノミネートは40回以上)した映画音楽の大家であり、その弟のライオネル(『紳士は金髪がお好き』1953など)もエミール(『我等の生涯の最良の年』1946など)も多くの映画音楽を作曲したことで知られている。ランディーの従兄弟にあたるデイヴィッドとトーマスも現在、映画音楽家として活躍しており、ニューマン・ファミリーは文字通りハリウッド映画の歴史を音楽的に彩ってきた存在だといえるのだ。

『Orga(ni)sm』の最後で年老いた「阿部和重」は「セルフドライビングカー」を走らせてユダヤ系の元スパイが居を構える「バーバンク」へと向かう。二人が「宗主国」と「属国」という用語で描写される関係から、より対等な友情を育むバディー・ムーヴィー的な展開をみせる物語はハリウッド映画特有のナラティヴともいえるが、二人が密接になればなるほど「日ユ同祖論」という古典的な偽史を彷彿とさせる点もこの作品の「映画」性を裏付ける。

 壮大な神町サーガの最終巻『Orga(ni)sm』は20世紀を代表する陰謀論的メディアである「映画」を目指しつつ完結する。敗戦と占領を経験した日米関係を通して、私たちは嘘と虚構と幻覚を愛する術を身につけてしまった。そのことを完膚なきまでに活写した『Orga(ni)sm』を読了したのちに、私たちは、それでも覚醒することができるだろうか。

文學界 10月号

2019年10月号 / 9月6日発売
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単行本
オーガ(ニ)ズム
阿部和重

定価:2,640円(税込)発売日:2019年09月26日

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