特集

倫理のレッスン 新連載 第一回 東京で溺れない哲学

文: 山内志朗

文學界12月号

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 正月に広島に旅行して、尾道に向かう途中、車窓から瀬戸内海をじっと眺めていた。冬の瀬戸内海は穏やかで暖かく、のどかな光景が広がっていた。冬の日本海の荒々しさに二十年ほど慣れ親しんでいると、別世界としか思えない。

 私は雪国山形に十八歳まで住んで、東京で十年ほど過ごした後、新潟で十九年間住み続けた。人生の半分以上を日本海沿い、いわゆる「裏日本」で過ごしてきた。

「裏日本」と「表日本」という用語は、差別的な意味合いがあるためか、もはや用いられないが、山形と新潟に長く暮らした人間としては、「裏日本」と表現してもらわないと、日本海の冥さは表現されないと感じる。「裏日本」ということが、自分の本質に染み込んでいる。いくら拭っても落ちることはない。

 西田幾多郎も日本海のそば(石川県宇ノ気村、現在かほく市)に生まれた。西田が一生守り続けた概念、「絶対矛盾的自己同一」は厳つい顔つきの用語に見える。だがその本当の姿はきっとそうではない。日本海の寂しげな砂浜に静かに一人腰掛けることを散歩がてらに西田は好んだという。今も西田の振る舞いを真似して浜辺に座ると概念の姿が心に浮かぶようになってくる。西田は、体の中に湧き起こってくるイメージを動かないように、波によって消されないように、硬い漢語に込めようとしたのだろう。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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