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おぼれる心臓

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坂上秋成

文學界12月号

出典 : #文學界

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 この十年ばかり、日々の暮らしの中で私が行っていることに大きな変化はない。起床し練習場へ赴きサッカーボールを蹴り、試合がある日には全力でピッチを駆けまわってゴールを決めようと奮闘する。ただ、同じようなことをしていても周囲の環境は変わっていく。スタンドから声援を送ってくれるのは日本人ではなく、イングランドで暮らす黒人や白人たちになった。現地の日本人やアジアの人の姿も多少は見受けられるが、それは観客の中のごく一部だ。時折、流暢な日本語で、また代表目指せよという声も聴こえてくる。二年近く代表に招集されていない私は、申し訳なさと焦りとを感じる。二十七歳になった自分に、時間の余裕はない。

 イングランドに移住してきてから二年半が過ぎた。メトロ・カーライルに所属した最初の年はリーグ戦で6ゴール、スタメンでの出場が増えた昨季は14ゴールを上げた。サポーターや監督から非難されるような数字ではないが、代表に選ばれたり、あるいはプレミアリーグから声がかかるような実績には程遠い。それでも昨夏、二部のチームやフランス一部リーグのクラブが獲得を検討してくれた。結局いずれも移籍金の折り合いがつかず話は流れてしまったが、今でもあの時移籍が実現していればどうなっていたのだろうと想像をめぐらせてしまうことはある。同じイングランドのサッカー選手でも、二部と三部ではあらゆることが大きく違ってくる。サポーターの数も、知名度も、そして給金もだ。二部に移籍し、それなりの活躍を残していたらまた代表に呼ばれたかもしれない。コハルが安心できるだけの金を家に入れることもできただろう。サッカー選手という肩書きは金持ちの印象を与える。数年ボールを蹴るだけで一生暮らしていけるような。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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