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おぼれる心臓

おぼれる心臓

坂上秋成

文學界12月号

出典 : #文學界

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 楽しそうだなシンゴ、とモーガンは言った。

 チーム練習をしている時よりいきいきとして見えるよ。

 そうかな。別にチーム練習が嫌いなわけじゃない。ただ、ひとりでぼーっとボールを蹴ってる方が気楽なだけだ。

 それは日本人特有の気質なのかね。

 そんなことないよ。言葉もろくにしゃべれないのに、すぐチームに溶け込んで好かれるやつだって大勢いる。

 おまえ、英語がだいぶ上達したな。チームに来たばかりの頃は日常会話もあやしかったのに、今はミーティングで話した戦術の細かい部分まで理解できてるだろう。

 週に三回、ネットで英会話を勉強してるんだ。それくらいの効果は出てくれなきゃ困るよ。

 うっかり、私はモーガンの左足の方へ強いボールを蹴ってしまった。そちらが義足になっている彼は上手くトラップできず、ボールは後ろへと流れていった。モーガンは小走りでそれを取りに行き、また私へパスを寄こす。

 ごめん、コントロール、ミスった。

 かまわんよ。

 普通に走ったりできるんだな。

 最近の義足は出来がいい。わたしが使っているのもそれなりの高級品なんでね。なんだったら、駆け足でグラウンドを一周することだってできる。

 へえ。

 現役のサッカー選手だった頃にチームの乗っていたバスが爆弾テロに巻き込まれ、その際に負った大怪我で足を切断せざるを得なくなった。モーガンの左足について私が知っているのはそれくらいだ。監督として私たちに接してくるモーガンは六十歳を過ぎた温和な老人だが、選手時代には気性が激しく、試合中に興奮のあまり相手選手に噛みついたという話も前に聞いた。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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