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講演 交換様式と「マルクスその可能性の中心」

講演 交換様式と「マルクスその可能性の中心」

文:柄谷行人

文學界12月号

出典 : #文學界

 交換において働いている力を見極めるにあたって、困難が二つあります。第一に、交換様式は、経験的に見出されるようなものではない。むしろそれは観念的な力が発現したときに、そこから推測されるような何かです。それはフロイトなら「無意識」と呼ぶようなものです。精神分析では、患者の症例を見て、そこから「無意識」の次元ではどうなのかが推測されるわけです。交換様式に関しても同様であって、それは観念的な力として発現したあとに、推測されるものです。

 第二の困難は、交換様式が単独で存在することはめったにないということです。それらは複数共存し、競争したり相互に支えあったりします。したがって、観念的な力としても、複雑で矛盾したものとしてあらわれる。そこから、交換様式を読みとるのは容易ではありません。その一例として、近代の資本=ネーション=国家をあげます。交換様式でいうと、資本はCであり、国家はBで、ネーションはAです。ベネディクト・アンダーソンは、ネーションは「想像の共同体」である、といいました。しかし、資本=ネーション=国家はもっと複雑です。三つの交換様式が接合されたものなのですから。したがって、それらがどのように接合されているのかを見分けることは、非常に難しい。

 そのために、私はいろいろ苦労したのですが、それも何とか整理できるようになりました。「力と交換様式」という本は、たぶん来年中には書き終われるだろうと思います。ただ、今日お話ししたいのは、そのことではありません。実は、私はこの秋、アメリカのイェール大学で集中講義をするように頼まれていて、その草稿を準備する過程で、幾つか大事なことを想い出したのです。どうして「交換様式」のようなことを考えるにいたったのか。今日はそれについて話したいと思います。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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