放課後、譲と別れて、商店街のはずれにあるマンションに帰ると、母がちょうど他の母親と通話を終えて黒電話の受話器を置いたところだった。
「作文を、出しなさい」と母はずんぐりした手を差し出した。
「いやだ」賢児は唾(つば)を飲みこみながら言った。「どうせ怒るから」
「いいから出しなさいって言ってるの!」
しかたなくランドセルから作文を出すと、母はすぐ目を通した。
「あんた、これを教室で読んだの?」
うん、とうなずくや否や頬(ほお)を張りとばされた。すごい打撃力。石の入った段ボールを毎日上げ下ろししているだけある。暴力反対の意味もこめて倒れたままでいると、脇に手を入れて起こされ、廊下の奥にある狭い物置に放りこまれた。
それきり母の声はしなかった。
姉の美空が「賢児、またなにかしたの?」と尋ねる声がするだけだ。
間違ったことはしてない。絶対してない。自分に言い聞かせながら、隅に隠してあった籠城(ろうじょう)セットを取り出す。ガリレオ・ガリレイの伝記と父が誕生日にくれたペンライトだ。豆粒のような光でガリレオの子供時代の苦難をたどる。教師を質問攻めにして困らせたというところを読むと、自分と同じだと気分が高揚する。でも今は集中できなかった。美空がやけに静かなのが気になる。そろそろ物置を襲いに来るころなのに。蹴(け)られる覚悟はとうにできているのに。
あのアホ、と賢児は昨日のことを苦々しく思いだしていた。
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