いくら行動派の彼女でも、決して超人的存在ではない。それどころか本職のお座敷がかからないときは、ミステリ専門の古書店で日がな一日読んだり整理したり伝票をつけている、ごく世俗的な存在なのだ。
だからこそ読者にとって、身近なヒロインである。のべつ幕なし苦虫を噛み潰しているポーカーフェイスでもなく、息するように蘊蓄(うんちく)を垂れ流す学者でもない。春菊の天ぷらそば八百円を自分に奢るのがせいぜいの、市井の女探偵だから、きっと読者のあなたと気が合うはずだ。
タンテイなんてなにを考えているかわからん人種だ、自分の心証をおくびにも出さず、ここぞという瞬間に俄然推理をひけらかす厭味な奴。という先入観をお持ちなら、即座に削除してほしい。少なくとも葉村晶にかぎってそれはない。
相手がとんでもない証言をしたり、事件が予想外の動きを見せたりすると、率直そのものの感想を発するのがこの人だから。
「うわー」
「な、なにいまの」
「おいおい」
(各作品ご参照のこと)
読者とおなじタイミングで彼女の驚きが飛び出すから、いっそう彼女に感情移入する。かねてから葉村流の生活描写、世事の感慨を聞かされて、主人公との垣根が取っ払われているから、彼女の一言一句に頷きつづけている読者は、物語が事件の核に踏み込んでからも、女探偵から離れようとしないのだが、そのあたりに葉村シリーズの見事な読者とりこみ作戦があると思っている。
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