彼女のあまりな運の悪さからユーモアが溢れ、発する片言隻語(へんげんせきご)がギャグじみるのは、どういうわけだろう。齎(もたら)す諧謔のみなもとは、彼女が自分と対象の距離感を正しく保持していることだと思っている。
ミステリの一系譜にハードボイルドがある。
謎解きミステリの探偵役の武器は灰色の脳細胞だが、ハードボイルドの場合行動あってこその探偵だ。だから疲れを知らぬげに動き回る葉村晶のシリーズを、ハードボイルドの枠に収める人がいてふしぎはないけれど、あいにく彼女はもう若くない。人なみに四十肩を発症するし、おいそれと点滴の痕が消えないし、白髪染めでハンカチを赤く汚してしまう。ぼくの経験でいえばギックリ腰になる日も遠くないだろう(もうヤッてましたか?)。いくら有能な探偵でも葉村晶はちゃんと加齢し、疲労し、すり切れる。読者のあなたどうように。
ひどいときには喉に吉川線がつくこともあるが(『不穏な眠り』参照のこと)、ミステリ読みの方はご承知のように、老齢になったからといってだしぬけにつくものでは、絶対にない。強いていうならハードボイルドのせいだが、とにかく彼女はひどい目にあう。あいつづける。
短編がスタートする以前に十分間気絶させられて(『逃げだした時刻表』参照のこと)、思わず「はやッ」とぼくに口走らせたケースさえある。
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