『標的』(真山 仁 著)

 たまに検察官が登場する小説を見かけるときもあるが、これちょっと違うなと違和感を持つこともある。しかし繰り返しになるが、綿密な取材を踏まえて描かれた真山の本作は、登場人物の造形描写が巧みであり、検察担当記者だった私を堪能させてくれた。そしてそれだけでなく時代を象徴するように、越村みやびだけでなく東京地検特捜部長も女性。高齢化社会の住宅問題を取り上げ、マネーロンダリングのためのタックスヘイブンにも言及するなど、現代の事象をとり上げることで本書のリアリティはより高まっていると思う。

 そして実はここからが重要なのだが、本作の素晴らしさはそのリアルさを踏まえ、あるいはそのリアルさを超えてワクワクドキドキするようなエンターテインメントの世界が構築されているということだ。ネタバレは避けるが、本書を読みながら私は「こんな検事がいればいいよな」とか「神林記者、うらやましいなあ」とか何度かつぶやくことがあった。そして時には「こんなことあるかな」というところも。つまり真山はリアルな描写をしつつ知らず知らずのうちに私をフィクションの世界に誘ってくれているのだ。真山はもはや記者ではない。手練れの物語作家に成長している。私たちは本書を開くだけで虚実ないまぜの「真山ワールド」に身を委ねることができるのだ。