ユミコ あの、全さんで私が好きな場面をいっこ言ってもいいですか。
長い脚をぶらぶらさせながら歩く。気温が下がって、風が夕暮れの匂いを運んできた。
「どうしていまごろ帰ってきたんですか?」
「もっと早く俺に会いたかった?」
にやりと笑いながらふり返る。今はからかわれたくない。黙っていると、「いまごろ、だな、確かに」とぼそりと言った。
「俺はつくづく人の死に目に会えない人間なんだな」
この、飄々として余裕なようで、ちょっとこちらが閉じると寂しそうな気配がひっぱりだされてくる会話のリズムがすごく好きで……。
カオリ いま「こちら」って言いましたね(笑)。完全に藤子サイドだ。全さんの思うつぼ、というより作者の思うつぼなのかな?
ユミコ 全さんも好きなんですけど、私はとにかく全身全霊でぶつかっていく藤子のエネルギーみたいなものに圧倒されました。こんなに全部を注ぎ込んでしまったら、それは10年ずっと傷になるだろうなぁと怖いような気持ちもして。全さんが撮った『FUJIKO』って写真集がでてきますよね。
マナ 最初と最後にね。
ユミコ すごく話題になったっていう『FUJIKO』を、自分が写ってるのに一度も見たことがない、見られない藤子の気持ちが、小説が進んでいくほどに「ああ、それは見るの怖いだろうな」って共感できるんです。きっと、写真集を開くとフタが開いちゃうんだろうなぁって。
カオリ 『神様の暇つぶし』を読んでると〈記憶のフタ〉をすごく意識しますよね。そーっと覗いてみて「このフタはもう開けても大丈夫かな」とか確認してみる感覚。それはもちろん藤子が記憶を思い返していくのを追体験しているからなんですけど、それだけじゃなくて、本を開いた最初のページから〈時間は記憶を濾過していく。〉ってあって、読み進めながら自分自身の記憶にも時間の経過で変わるものや変わらないものがあることが改めて感じられて。
マナ 私はまだ開けたくないフタがいっぱいあるからこそ、あえてひと晩かけて一人で二十歳の自分を見つめ直す藤子を強いなと思うし、その先に明るい何かがあると良いなと思いながら読んでいました。
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