頬骨のあたりに、わずかな光が当たっている。温かさや眩しさを感じるほどではない。そこにある、さわっている、そう漠然と分かる程度の、光。
ある、ということ以外になんの作用もないものなのに、光だと思った途端、深く沈んでいた意識がそちらへ向かった。引き寄せられる。ゆるやかな水の流れに運ばれるように、ここちよく。
軽い浮遊感とともに、安堂玄也は目を覚ました。寝起きはいつも頭が枕にめり込むような倦怠感に襲われる。しかし今日は不思議と意識が澄み渡り、楽にまぶたを持ち上げることが出来た。
薄暗い自室の天井が目に入って、すぐ。左手の方向から、柔らかい水色の光がこちらに向かって伸びているのに気づいた。遮光カーテンで覆われた、南向きの窓の中央。両開きのカーテンの合わせ目に隙間が生じ、そこから差した光が枕元へ届いていた。
玄也は起き上がり、窓際に置かれた机ごしに腕を伸ばしてカーテンを引いた。みずみずしい春の陽光が六畳の部屋へ流れ込む。
窓辺には、丸みのあるガラス片を二十個ほど収納した透明なジャムの瓶が置かれていた。昨日、母親が「リビングを掃除していたら懐かしいものを見つけた」と言って持ってきたものだ。マット加工を施したような柔らかい風合いを持つガラス片はシーグラスという海辺の漂着物で、多くは海中で研磨された飲料の瓶の破片だとされている。玄也はこれらを、物心つく頃から近くの海岸で大切に拾い集めてきた。ガラス片のほとんどは水色もしくは緑色で、一つだけ薄い紫色のものがあり、これは滅多に見つからない貴重品だ。
ジャムの瓶を通過した日差しは、遠浅の海を思わせる淡い色に染まっている。母親に渡されたとき、自分は通販で届いたばかりの漫画に目を落としていて、母親の顔も、差し出されたものも、あまり見なかった。生返事をして、たいして確認もせずに手にした瓶を窓辺に置いた。
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