患者に余命を宣告することで始まる医者側の物語。世の中に溢れている〈Xパーセントの人がY年後にこうなる〉といった予後の物語。「若いのに、なぜ」「たばこを吸っていないのに、なぜ」といった、発病をめぐる理由探しの物語。要介護認定調査員によるプロゆえの経験則から陥りがちな、決めつけの物語。妻の闘病──この「闘病」という言葉だって実はクリシェで、病と闘うだけが病名がわかって以降の患者の在り方ではないことも、この小説は伝えてくれている――をきっかけに出くわすことになる、そうしたステレオタイプの物語に対し波立つ夫の内面を、作者は丁寧に丁寧に拾って描いていくのだ。
〈(早期発見できなかったこと)を後悔しているかと問われると、悔いている心は確かにあるとしか答えようがないのだが、それでも反駁したい。最善の道を辿っていないとはいえ、何が最善だったのか未だわからないし、誰も最善の道を知らないだろうし、最善の道を歩かなくて何が悪い。自分たちは、他の誰とも違う、自分たちだけの道を歩いたのだ〉という、近しい人を大病で失ったことがある者なら激しく首肯するにちがいない思いを、この小説は、細部をおろそかにしない、繊細かつ静かでありながら力強い筆致で伝えるのだ。
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