最後に、わたしの目から一枚うろこを落としてくれた文章を紹介して、拙い解説を終わりたい。
〈自分も死ぬ。死因は、妻と同じがんがいいと思い始めている。
死ぬための準備期間のあるがんという病気に、妻のおかげで明るいイメージを持てるようになった。
がんは、それほど悪い死に方ではない〉
『美しい距離』を読み終えた時、肺に転移したがんで亡くなる間際までゲラを手放さなかった友人編集者の、「よく生きました」としか言いようのない最期を思い出しながら、少し遠くなっていた彼女との距離がまた近くなったことに気づいて嬉しくなった。その距離がこれからも変化し続けることを、この小説に教えてもらった。そして、がんで死ぬことを肯定できる自分に変わっていた。
いい小説が備えている美点のひとつに、読む前にはなかったものの見方を与えてくれるという効能がある。『美しい距離』はその見本のような素晴らしい小説だ。いずれ必ず、その人固有の死を迎えるわたしたちすべての人間にとっての、素晴らしい小説なのだ。
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