『ダブルマリッジ』(橘 玲)

 私がフィリピンで出会った子供たちもまた、不法占拠地区(スクオッター)にひしめく掘っ立て小屋で暮らしていた。まともな教育を受けていないから日本語も英語もろくにできず、父親との面識すらない子もいる。取材が終わった後日、子供たちから電話が掛かってきて、「日本に行きたいけどどうすれば良い?」などと、藁にもすがる思いで尋ねられたこともあった。そうした子供たちは少なくとも、十万人はいると推計されていた。

 元AKB48の秋元才加、ものまねタレントのざわちん、タレントのラブリ、現役力士で大関の高安晃……。今や日本社会で新日系フィリピン人が脚光を浴びるケースは枚挙にいとまがない。が、彼らは全体の一部に過ぎない。大半は前述の通り、フィリピンで典型的な貧困家庭に育ち、日陰に隠れるように生きている。そんな子供たちをテーマに、いつかはノンフィクションとして書けないだろうか。そうぼんやり考えていた矢先、橘玲氏から「フィリピンの新日系人を主人公にした小説を書けないかと考えています」というメールが届いた。橘氏とは、拙著『日本を捨てた男たち』(集英社)の文庫本解説を書いて頂いて以来だ。最初は正直、「やられた!」と思ったが、ノンフィクションとして取り上げるには取材に相当な時間がかかることが予想され、すぐに動き出せる状況でもなかった。それよりも、経済小説で著名なあの橘氏が描くのであれば、どんな世界を見せてくれるのだろうか。その気持ちのほうが膨らんでいった。