- 2020.02.26
- 書評
事実に基づく驚愕の物語。なぜ日本で「重婚」状態の男性が生まれたか?
文:水谷 竹秀 (ノンフィクションライター)
『ダブルマリッジ』(橘 玲)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
あくまで小説上の設定ではあるが、ここで描き出されているのは、憲一も、そして病院の院長も、フィリピン人女性との間に産まれた子供に接することなく見捨てるという、この問題で実在する父親像だ。遺体の引き渡しに立ち会ったのはマリだけ。憲一は金銭的な負担はしたが、実情に照らし合わせればまだマシかも知れない。私のかつての知人に「フィリピンパブで出会った女性十人以上それぞれと子供を作ってしまいました」と半ば自慢げに話す日本人男性がいた。一方のフィリピン人女性にも「子供たちの父親は全員違う日本人」と、あっけらかんと話す人もいて、男女関係という点で言えば「どっちもどっち」ということになるのだろうか。
だが、その結果生まれてきた子供には何の罪もない。
父親探しのつてがなければ、やはりフィリピンで貧しい暮らしを強いられる。仮に見つかったとしても、病院長のように認知を拒まれる可能性もある。もし子供が日本国籍を取れたとしても、父親からの養育費を受け取れず、母親はフィリピンパブで働きながら子育て。いずれも新日系フィリピン人を取り巻く現実だ。
本書は決してハッピーエンドではない。だが、逆に言えばそれが、新日系フィリピン人の置かれた現実を、フィクションという形で我々に突き付けているのである。ケンの事故を報じた記事の「身元不詳」という言葉が、それをさりげなく物語っている。
日本の法務省は二〇〇五年三月、興行ビザの発給要件を厳格化したため、フィリピンパブで働く女性は急減した。興行ビザの代わりに偽装結婚を使って来日する女性も一定数いたが、摘発される危険性を恐れてそこまで大量には増えなかった。特に地方都市を中心に街を照らしていたフィリピンパブの灯りは消え、ピーク時に比べて出会いの数も減るため、新日系人の数はそこまで増えていないと思われる。
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