その瞬間、会場にいた他の記者たちから失笑にも似た笑い声が響いたが、そんなことで怯(ひる)むようなクリッシャーではなかった。今度は司会者の方にも刺すような視線を向ける。
「私の質問が終わるまで待ってくれないか。カンボジアの子供たちは、うちの学校ができるのを待ちわびている。なのに、どうして、プロジェクトを打ち切ったか、その理由を知りたいのだ」
目の前のやり取りに、私は半ば唖然として聞き入っていた。これでは質問と言うよりも陳情、いや、抗議である。自分が代表を務めるカンボジア支援事業、そこへADBの資金が打ち切られ、現地の担当者とは話にならず、最高責任者を掴まえようと狙っていた。近くの席のデビーに顔を寄せて、「あなたのお父さんも中々やりますね」と囁くと、彼女はにこりともせずに答える。
「当然です。うちの父は、こんな仕打ちを受けて黙って引き下がる人じゃありません」
この時、黒田総裁は面食らって、決して教育支援をないがしろにはしないなどと弁明したが、個性的な記者の中でも、クリッシャーが強烈な個性を持った男として深く印象に残ったのは確かだった。
その昼食会が終わって帰ろうとするクリッシャーに近づいて、クラブの中にあるバーで一杯飲まないかと声をかけてみた。彼はちょっと躊躇(ためら)ったようだったが、こちらの誘いを受けて、カウンターの傍のテーブルに腰を下ろしてくれた。自己紹介代わりに、何年か前、田中角栄元首相とロッキード事件について本を書いたと言うと、彼は大きな興味を抱いたようだった。
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