そして、外国人記者クラブで初めて彼と会った時、私は『英国機密ファイルの昭和天皇』という本を出版する直前であった。ロンドンの国立公文書館には、幕末から現代までの駐日大使館や外務省、情報機関が作成した膨大な日本関連ファイルが眠るが、そこで第二次大戦前後の英国と皇室の関係に焦点を当て、主人公の一人が昭和天皇だった。その生涯を調べる中で、単独会見に成功したジャーナリストとして、クリッシャーの名前は私の脳裏に深く刻まれていた。
やがて黒田総裁のスピーチが終わって質疑応答に移ると、司会の英国人記者の合図を待ちかねたように、真っ先に右手を挙げたのはクリッシャーである。立ち上がってマイクの前に出ると、深く低い声で口を開いた。
「私は『ニューズウィーク』で四〇年働き、今は退職して、プノンペンで『カンボジア・デイリー』という新聞を発行している。またNGOの会長も務めており、これまでADBや世界銀行の支援で三百以上の学校を開設して……」
まずは淡々とした調子で自己紹介から始まったが、やがて雰囲気が変わって、鋭い目で黒田総裁を睨みつけるようにドスの効いた声で続けた。
「率直に訊かせてもらうが、なぜ、ADBは私たちへの支援を打ち切ったか、その理由を聞かせて欲しい。うちのプロジェクトにより、カンボジアの学校には太陽光パネルが取り付けられ、子供たちは寄付されたコンピュータでインターネットを学んでいる。それなのに……」
ここまで言いかけた時、司会の英国人記者が慌てて割って入って来た。
「質問は短くしてもらえませんか。他にも質問したい方がいらっしゃるので」
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