英国ロイター通信特派員を経てジャーナリストとして活躍する筆者が手にしたテープ。それは昭和天皇に初めて単独インタビューをした伝説のジャーナリストより渡されたものだった。「象徴」天皇三代の本当の姿を綴った本書のプロローグを公開
プロローグ
二〇〇七(平成一九)年六月二八日 東京
その広尾駅の近くのカフェは、正午を回って次第に混み始めていた。奥のテーブルで壁を背にして座った私は、店内を見渡してみた。子供連れの若い母親や年配の夫婦など、やはり客層は近隣の住人が圧倒的に多い。ウェイトレスが置いたコップの水に口をつけていると、入口に見覚えのあるクリッシャーの顔が現れ、こちらの姿を見つけて素早く向かい側に腰を下ろした。
「ちょっと待たせたかな。約束した例の品は持って来たよ」
こうして会うのは数回目だが、相変わらず、社交辞令の挨拶など興味がなさそうな男である。
「これが、この間、君に話した昭和天皇のテープだ。後でいいから、受け取りの確認のメールを送っといてくれ」
そう言いながら、クリッシャーがテーブル越しに買い物用のビニール袋を手渡すと、こちらを睨むような目で見た。ずっしりとした重みを感じながら袋の中を覗くと、二〇本のカセットテープが入っている。ソニーやTDKなどのメーカー名があり、いずれも、今ではもう家電店でも見かけなくなった旧式の録音テープだった。
その一つを取り出してみると、「Masaki 1/11/89」という手書きの文字があった。戦後長く宮内庁侍従職御用掛として昭和天皇の通訳を務めた真崎秀樹、その証言を録音したテープである。最初の日付が一九八九(平成元)年の一月一一日か。とすれば、天皇が崩御して平成に移ってわずか三日後、クリッシャーは真崎へのインタビューを始めていたことになる。
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『ナースの卯月に視えるもの2』秋谷りんこ・著
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