数々の主要な建築物を完成させ、当時の日本の建築家の中では名実ともにトップとなった辰野であったが、その絶頂期だけでは終わらないのが、この小説の魅力だ。
ある建築材の導入を巡り、辰野はだんだんと時代に取り残されていく。どんな一流の人物であっても、いずれは時代遅れになる瞬間がくることを読者は目の当たりにするのだ。
「明治中期から後期は、時代遅れになってしまうスピードがとても速かったと思います。すべての分野において『俺が時代を作っているんだ』と思った瞬間から、当人が遅れ出す。明治は、人材を次から次へと使い捨てした時代であるとも言えるかもしれません。日進月歩というのは残酷ですね」
息子・辰野隆との人生観の対立も興味深い。「国のため」を最優先して仕事に取り組む父に対し、隆は「好きなこと」に邁進する。東京大学法学部を卒業後、フランス文学を学ぶため同大学の文学部に入り直すという、当時としては異例の経歴を辿るのだ。
「この小説を書く前から『辰野金吾の人生は我々に何を教えてくれるのか?』を考えていました。好きなことを仕事にする、という考えは我々にとっては常識ですが、金吾からすれば『甘ったれるな』でしょう。人は世の中から求められることをやらなくてはならない、という金吾からの強いメッセージは、現代人にも響く内容だと思います」
かどいよしのぶ 1971年、群馬県生まれ。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理新人賞を受賞。18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。『ゆけ、おりょう』ほか著作多数
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