インタビューほか

「なかなか死ねない時代」に生きる

村上 陽一郎

『死ねない時代の哲学』(村上 陽一郎)

「死を思う」時代の要請

『死ねない時代の哲学』(村上 陽一郎)

 近年、死生観という言葉がよく使われます。

 本来、死生観というのは個人個人が持つようなものではなかったのではないでしょうか。ある時代の日本人の死生観はこうであった、といった使われ方をする言葉だったはずですが、今は一人ひとり、自分はどのような死を望むのか、個人の死生観が必要とされるようになってきている、とも言えます。

 高齢者のおよそ半分ががんで亡くなっているというぐらい、がんという病気はいまは日本人の死因の中で大きな割合を占めるようになっています。

 このことが、いやおうなしにその個人の死生観が問われる事態を引き起こしてもいます。あなたがあと三年、五年生きられる確率はだいたいこれぐらいですよ、と告知されれば、ではその三年、五年をどのように生きて、どんな風に死を迎えたらいいか、だれでも考えざるをえないからです。

 終末期医療の問題もあります。

 がんの末期になれば、肉体的な痛みを和らげる手当はしてほしいけれども、いわゆるスパゲッティ症候群といわれるような、あちこち管でつながれたような状態で、生物学的に生きているだけ、という形で生かされるのはごめんだ、と考える人が非常に多くなってきています。

【次ページ どういう死に方を選ぶのか】

死ねない時代の哲学村上陽一郎

定価:本体850円+税発売日:2020年02月20日


 こちらもおすすめ
書評五木寛之は、けっこうヤバい?(2016.08.31)
書評現代人に必要なのは、死に関する“情報”より、死では終わらない“物語”である(2015.09.14)
インタビューほか安心して死を迎えるための〈指南書〉(2010.10.20)