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「なかなか死ねない時代」に生きる

「なかなか死ねない時代」に生きる

村上 陽一郎

『死ねない時代の哲学』(村上 陽一郎)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『死ねない時代の哲学』(村上 陽一郎)

 他方、姉も私も、父が医師であったにも拘わらず、自宅で産婆さんの手を借りながら生まれたのだそうです。誕生も含めた人間の出発点と終点は、かつてはほぼ自宅で行われるものでした。そうした状況からの劇的な転換は、一九七〇年代半ばに起きたものだと考えられます。

 死ぬ場所が自宅から病院に変わり、病院で亡くなる人が大多数になったことが、私たちの死生観に与えた影響も大きいはずです。

「おくりびと」(滝田洋二郎監督、二〇〇八年)という、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画があります。

 主人公の職業は納棺師です。遺体を清めるなど、棺に納めるまでの処置を、いまは、日本製のカタカナ語で「エンゼルケア」と呼んだりするようです。彼が手がける一連の仕事は、かつては家族みずからするものでした。現在は病院の看護師や介護士、あるいは葬祭会社の社員の手に任されたように思われます。普通の人間があまり直接体験することがなくなったこの仕事に照明を当てているのも、あの映画が強い印象を残す理由のひとつだと思います。

 核家族化が進み、多世代で暮らす家庭も減って、人が衰え、次第に死へと向かう過程に身近に接する機会は極端に少なくなりました。一緒に暮らしていれば、おじいさんやおばあさんが亡くなるまでに何を考えていたか、どんなプロセスをたどって衰えていったか、時間の流れとしてとらえることもできますが、亡くなる前に突然、病院に呼ばれて立ち会うのでは、死はその瞬間の、一つの点でしかありません。

 死が遠くなった時代だからこそ、死をあらためて身近に引き戻し、考える機会が必要になってきます。死というものに対して、一人ひとりの人間が、死をどういうかたちで迎えるのかについて、ある程度、自覚的な枠組みを持つことが必要な時代です。社会全体としても、これからどう進んでいくのか、大まかな方向性を考える時期にきているのです。

文春新書
死ねない時代の哲学
村上陽一郎

定価:935円(税込)発売日:2020年02月20日

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