陽がのぼりきってから、志手(しで)はめざめたが、夫はまだねむっていた。
志手はしずかに着がえて、昨夜は闇にまぎれていた景観をはるかに見わたす、東山のM…ホテルの食事会場で、遅い朝食をとった。
空が朝をひらいていた。
すべての矮小さをおし隠してしまう、風雅ということばが霊のようによりつく、盆地に詰めこまれた建物といくつかの寺、盆地を分断する川、そして御所の緑、この人びとが嘆賞する古都のけしきは、古びた水彩絵の具のようにぼやけたすがたで、いまだ、まどろみの底に落ちていた。
枠どりのなかで溶けてゆく、このけしきとまったくそぐわない、明確な語調の女の声が、彼女の耳をおびやかした。
彼女は、なんとなく目をあげて、炭酸水のボトルをもったウェイターが、外国人らしい容貌の女から畳みかけるようにことばを浴びせられているのを見た。
その女は、単身で真ん中のテーブルに陣どっていて、牛乳や果物、蜂蜜、油で揚げた菓子などをとりあつめた彼女の食卓だけが、盛春にもどったように華やいでいた。
女は、ざくろの実を割りながら、身ぶりゆたかに、あれをせよこれをせよと流暢な日本語で指図し、けんのある強い調子で若いウェイターの返事をうながした。
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