クレイヴン監督については、『エルム街の悪夢』で鉤爪の殺人鬼・フレディ・クルーガーを創造した人、と言えば分かりやすいだろう。メタフィクション性、コメディ趣向や猟奇趣味など、氏の作品の特徴はいくつか挙げられるが、うちひとつが「童話からの引用」である。『エルム街~』の外伝作品では『ヘンゼルとグレーテル』が効果的に引用されていた。『壁の中に誰かがいる』は『眠れる森の美女』に代表される、〈囚われの姫君〉を〈白馬の王子〉が救い出す童話とほぼ同じ筋立てだ。家主夫婦に隠された秘密も『本当は恐ろしいグリム童話』といった本をご存じの方なら早々に気付くだろう。こうした古典的な要素や物語を、クレイヴンは現代アメリカを舞台に娯楽作品として再構成した。孤城を狂った家主の屋敷に、白人種だと想定されているであろう白馬の王子を貧しいアフリカ系少年に置き換えた。そして血や死体や残酷描写を盛り込みつつ、爽快な少年少女の成長物語に語り直したのだ。『邪教の子』をお読みになる前に、是非観ていただきたい作品である。
ところで筆者は、作り手が率先して元ネタを開陳したり、自作を解説することを好まない。作家が作品とは異なるレイヤーで、受け手の焦点や感想を誘導するのは傲慢だと考えているからだ。気持ち悪いとさえ思う。ではなぜ今回ここでこんなエッセイを書いているのか。端的に言うと、この文章もまた『邪教の子』の趣向の一部だからだ。これ以上の説明はしない。
余談だが、『壁の中に~』のエンディングで流れるのは「Do The Right Thing」というラップである。この曲は後にイタリアのDJ、X-Tremeの手で、有名なディスコナンバー「That’s The Way(I Like It)」とマッシュアップされた。筆者はこのマッシュアップを全く別ルートで映画を観る以前に聴き「かっこいいなあ」と思っていたのだが、後にクレイヴン監督作を漁る中でこの「原曲」に出会い、「ここで繋がるのか!」とおおいに感動した。これもまた先行作品を知ることで味わえる、面白さ楽しさの一つだろう。
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