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在位50年、子どもは50人以上! 泰平の世のはまり役“遊王 徳川家斉”

在位50年、子どもは50人以上! 泰平の世のはまり役“遊王 徳川家斉”

『遊王 徳川家斉』(岡崎 守恭)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『遊王 徳川家斉』(岡崎 守恭)

はじめに 家斉のススメ

 二百六十年に及ぶ徳川幕府。十五人の将軍が出た。当然のことながらまず思い浮かぶのは最初の家康、そして最後の慶喜だろうか。

 次はと言われると、参勤交代などのいろいろな制度を確立した三代の家光、中興の祖と言われた八代の吉宗。もう一人となると、ウーンとうなって「犬将軍」で知られる五代の綱吉あたりの名前が挙がりそうだ。

 十一代の家斉は多くの方の記憶の中ではその次くらいに出てくるかどうか。側室を山のように抱え、子供が五十人以上もいて、オットセイ将軍とか、種馬公方と揶揄されていたと聞いて、何となく思い出すといった程度の存在かも知れない。

 映画やテレビドラマ、特に「大奥」が題名につく作品にはしばしば登場する。しかし将軍なのに常に脇役で、主役になっているものはないと言っていい。「暴れん坊将軍」などとは大違いで、きちんとした人物伝や評伝などもほとんど見当たらない。

 だが家斉は五十年というとんでもない長い期間、将軍の座にあった。これは第二位で二十九年の吉宗をはるかにしのいでいるばかりか、室町時代や鎌倉時代の将軍を含めても圧倒的な第一位である。

 征夷大将軍を辞めてから最高位の官職である太政大臣の栄誉を得た人物はいるが、現職の征夷大将軍のまま太政大臣にまで昇りつめて二つの職を兼任したのも歴史上、家斉だけだ。

 江戸時代は長く続いていた戦乱の世に終止符を打ち、平和を維持したことが評価され、世界史上でも「パックス・トクガワーナ」として特筆されている。

「家斉の時代」はその中でもとりわけ「泰平の世」として知られているのである。

 家斉がつくった多すぎる子女の扱いに困り、徳川幕府が養子や嫁入りの形で各地の大名家に押し付けたのは事実だが、大名家もこれを受け入れることで、自らの家格の引き上げや借金の棒引きというメリットを享受した。

 その結果、家斉の名前の一字をもらった「斉」のつく藩主や将軍家の姫君の奥方が全国に蔓延し、将軍家を中心とする壮大な“親戚ネットワーク”ができ上がった。それは緩やかな統治の強化にも役立ち、幕藩体制のほころびも隠した。「泰平の世」を支えたのである。

 家斉は「権威と安定」の象徴であり、ある意味で「最強の将軍」だった。

 実際、家斉の死去と同時に徳川幕府は威権を失って傾き始め、次の将軍の家慶の晩年にはペリーが来航、これを機に一気に坂を転がり落ち、瓦解してしまう。

 徳川幕府が最後の光芒を放ったのは「家斉の時代」だった。抜本的な改革をなしたわけではなく、対症療法の政治に終始したとも言えるが、強引に無理なことをしないのが逆に「泰平の世」には向いていた。

 江戸時代は享保、寛政、天保の三大改革が有名だが、庶民の生活という視点で見ると、実際にはその時代は何かと締め付けが厳しくて暮らしにくかっただろう。

 これに対して「家斉の時代」は武家も町人もいわば羽を伸ばせたのではないか。

 長期政権ならではの忖度や情実が広がり、側近を重用する「お身内政権」でもあり、今の日本がしばしば評されるように、迫りくる危機に正対せず、生ぬるく生きている「ゆでがえる状態」だったのかもしれない。

 が、豪奢な政治が醸し出したそれなりに自由な気風の中で、歌舞伎や浮世絵などの文化も花開き、娯楽は庶民にまで浸透した。明治時代になって「古きよき時代」と懐かしがられたのも家斉の文化文政の世である。

 巻頭に引用した文恭院殿御実紀は「徳川実紀」(正確には続徳川実紀)の家斉の巻である。徳川家がつくった自らの正史なので、歴代将軍の悪口が載っているはずがない。しかしこの中で家斉は何と「遊王」と総括されている。

「遊」は外遊とか遊学という言葉があるように、本来の遊ぶという意味だけでなく、自由に動くとか、ゆとりがあるという意味でも使われる。

 ここでは将軍を退任した後の大御所を指すが、正史にしては微妙な表現。どれだけ家斉が華やかで、のびやかな権力者生活を謳歌してきたかがうかがわれる。

 そんな家斉という個性とその時代を視点を広げ、角度を増やして眺めてみよう。


(「はじめに」より)

文春新書
遊王 徳川家斉
岡崎守恭

定価:935円(税込)発売日:2020年05月20日

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