発端は現代のロンドン。ワイルド研究家がビアズリー研究家に、新発見の「サロメ」の絵を見せる。それは有名なクライマックスシーン、つまりサロメが預言者ヨハネの首に接吻する瞬間を描いた、紛れもないビアズリー真筆であったが、しかしその生首の顔はヨハネではなかった。
では一体誰なのか?
ぞくぞくするような謎を提示した後、物語は十九世紀末のロンドンへと遡る。メイベルの目を通して読者は、ヴィクトリア朝時代の息苦しい政治文化状況、ワイルドのエキセントリックな言動、ビアズリーの成功と挫折、そして結核による早すぎる死を、追体験してゆく。
だが何より息詰まる思いをさせられるのは、メイベル自身が──ワイルドとビアズリーという二人の天才に翻弄されているかに見えながら──本人も気づかぬうち、何やら化けものめいた存在へと変容するその過程である。
上質のミステリであり、心理劇でもある本作はまた、メイベルの口を借りたビアズリー讃歌でもある。曰く、「美しい絵を上手に描く、というのではまったくなかった。もっと痛いような、苦しいような、狂おしいような」。「なんという闇。なんという光。なんという力。─なんという圧倒的な世界」。「画室に満ち溢れる狂気と豊穣に、メイベルは静かに首を絞められる思いがした」。
大久保明子さんによる素晴らしい装丁も、書店で原田さんの艶めかしい世界へ強く誘なうに違いない。
(「週刊文春2017.2.23号掲載」)
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