- 2020.05.19
- 書評
主人公の成長物語を読みながら、自分の中の子どもの部分が何度も疼く。
文:中江 有里 (女優・作家)
『車夫2 幸せのかっぱ』(いとう みく)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
大抵の親は子どもの幸せを願い、そうなるように導く。当たり前のようだが、そうならない親子もいる。
「幸せのかっぱ」は、車夫の山上の過去が明かされる。離婚して会えなくなった娘を思いながらも拒絶されることを恐れ、それ以上は踏み込めない。
感情に流されることを恐れ、合理的に生きてきた山上にとって、仕事も生活も家庭も同じように自分にとって必要か、必要でないかで扱えるものだった。
ある日元妻は、家を出ていった。山上を「必要がない」と判断したのだろうか……。
そんな山上が乗せた一組の親子。娘と同じ年の男の子のために彼は最も合理的でない行動をとる。ただその子の幸せを願って──。
客商売の醍醐味は、客の喜ぶ顔を見られることだ。それは車夫が乗せた客同士の中でもあることだ。
「願いごと」の成見信忠氏は、困った亭主だ。そんな自分が妻の包容力に救われてきたことに気付くのは、妻の余命が半年だと知った時。
人は大事なことに気付かない。残り時間が限られていると悟ってから初めて気付くのだ。これほど大事な存在がそばにいたことを──。
妻の願いで乗った人力車で、夫は妻の横顔の美しさを知る。四十年以上連れ添って、当たり前のようにそこにいた妻。人力車という非日常の場だからわかるのかもしれない。
「後悔できるのは、案外幸せなことなのかなって」
走の言葉に成見は「過去は変えられない」と反論するが、高校を中退して車夫として働く走が抱える事情をなんとなく感じ取る。
車夫も客も、互いに事情は語らない。読者にもすべて知らされはしない。車夫と客、あるいは客同士の会話から感じ、気付く。それは小説としてとてもフェアだと思う。
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