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彫りの深いキャラクターと強いテーマで読ませる、大人の恋愛

彫りの深いキャラクターと強いテーマで読ませる、大人の恋愛

文:池上 冬樹 (文芸評論家)

『もしも、私があなただったら』(白石 一文)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『もしも、私があなただったら』(白石 一文)

『記憶の渚にて』はミステリとしても楽しめるが(とくに家族の人間関係が錯綜していくあたり、僕はアメリカの家庭の悲劇を描いたロス・マクドナルドを思い出した)、白石一文が語り部としての才能を思う存分発揮したのが、『一億円のさようなら』(二〇一八年)だろう。

 長年勤めた医療機器の会社をリストラされ、家族と共に福岡にやってきた男がある日、妻に巨額の遺産があることを知る。何故妻は遺産の話を隠していたのかという発端からどんどん話が広がりふくらんでいく。遺産の発覚のみならず、妻と子供たちの秘密も衝撃的で、男は激しく動揺して、福岡から遠ざかる決意を固める内容だが、もちろんそれだけでは終わらない。会社内での政治的対立、一族の葛藤なども表面化するし、金沢で別の仕事をしようともする。経済小説的な側面(いかにして未知の金沢で飲食店を成功に導くのか)を詳らかにしながら、人との出会いの不思議さ、絶望から出発する新たな生の選択をしかと捉えて、たっぷりと読ませる。

 読ませるといったら、『光のない海』(二〇一五年)もそうだろう。建材会社の社長が、取引先の粉飾決算による経営危機に翻弄されながら、自分を含めた様々な家族問題を追求していく。その過程では、銀行の陰謀やその陰で暗躍する男との対立などがあるのだが、それを語りながら(白石一文の小説に共通することだが)普遍的な生の意味を問いかける。つまり自分で選びとりながらも、何かに導かれていく生の有り方を多様に捉えていて、実に示唆に富むのだ。性的欲望と深層心理、また陰影豊かな艶やかな女性像(これは毎回そうだが)も魅力的だ。

文春文庫
もしも、私があなただったら
白石一文

定価:781円(税込)発売日:2020年05月08日

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